62 【魔術師殺し】
真っ暗だ。
何だ? さっきまでは確かに青空の下にいた筈だ。なのに、これではまるで深夜のような──
「うん。息を吹き返した。これで古い記憶は消えているはずなんだけど……」
背中が痛い。
どうやら地面に直接横たわっていたらしく、石が背中に食い込んでいるらしい。
傍に佇んでいるのは若い娘……いやこの感じは、ミーシャか?
「……ミーシャ?」
「うーん。記憶が曖昧になってる? 直近の記憶は消えてない筈なんだけど……」
ミーシャ? は、何やら眉を顰めて考え込んでいるようだ。
その間に落ち着いて考えを纏める。
ここは何処だ?
俺は何故こんな場所にいる?
まるで物が散らかった部屋を片付ける作業のように手元の状況を一つづつ確認していく。
ここは……そうだ。
俺はラーグラントからグリフォンの討伐にやってきた。
……討伐? そうだ。討伐任務だ。
それはグリフォン?
…………違う。
立ち上がる。
その動きに合わせて女も顔を上げる。
見た目はミーシャだ。しかし雰囲気が多少異なる。
何よりも魔力は別物。
知っている魔力?
……知らない魔力だ。しかし、その異質さでそれが誰なのか直ぐに理解する。
「……サリィ・デモンズ。【赤き魔女】だな?」
「……アレク?」
知っている声で知らない女が呼びかけてくる。
それは近しい人間しか呼ばない呼び方で……凄まじい違和感を覚えた。
「答えろ。お前は【赤き魔女】だな?」
「……あー。これは完全に想定外だなぁ。もしかして、ラーグラントで過ごしていた頃の記憶まで消えた? でも、ミーシャちゃんの事は覚えてるっぽいよね……」
魔女から距離を取ると足元の剣を蹴り上げて掴む。
状況を見るに俺はこの魔女との交戦中だったようだ。よく思い出せないが、間違いないだろう事は母さんの『何故本気を出さない?』という問いからもわかる。
なるほど。この事を言っていたのか。
「どうやら意識が飛んでいたらしいな」
「意識どころか命が飛んでたよ?」
「詰まらんことを。動揺を誘うつもりか?」
死んでいたら今生きている俺は何なのだ。
「困ったなぁ。一度消えた記憶ってもう一度生き返ったら戻るのかなぁ? イリスの時は一度だけしか試してないからてっきり前世の記憶だけが消えると思ってたのに……。ねぇアレク。【イトウタツマ】って知ってる?」
「さっきから何を言っている? それにイリスだと? お前、イリスに何かしたのか?」
イリスはラーグラントに残っているはずだ。
だが、俺の問いに魔女は目を細めてどす黒い魔力を放出した。
「……イリスの事も認識している? なら、直近の記憶はそのまま? 消えたのは前世の記憶と……私の事?」
ゆっくりと。
魔女が距離を取るために俺の間合いの外に後ずさる。
ここでやりあっていたのは確定だな。
……本気を出せ……か。
「●─〇─〇─◎◎──〇─◎〇──」
「!!」
俺の呟きに合わせる様に更に距離を取る魔女だが、直ぐに困惑したような表情を見せた。
「……魔力に変化はないし、何も起きない? って事は不発? アレクが?」
暫く俺を見ていた魔女だったが、直ぐに落胆したかのような溜息を吐くと、鋭い視線を向けてきた。
「色々な物が欠落しちゃったみたいね。なによりも、私の事を忘れているのは許せない」
杖を構え、纏っていた魔力が一瞬で広範囲に展開される。
「もう一度終わらせて……いいえ。私の事を思い出すまで何度でも殺すとしましょうか」
「……愚かな。死ぬのはお前だ」
サリィが杖を振る。やがて散っていった魔力の質が変わる。
これは……無詠唱魔術か? 確かに、無詠唱魔術は【赤き魔女】の代名詞。
しかしこれは──
「! 違う! 既に詠唱は終えた後か!」
「“アレク”」
しかも、俺の名がトリガーワードか。
空から殺意が降ってくる。
前方には魔女。
この状況で出来る事は──
『自信を持て。胸を張れ』
自分を信じる。
これは今までの人生で一度でも抱いた事の無い感情だ。
それは身近にあまりにも偉大で強大な存在がいたからだが、何よりもその存在が胸を張れと言うのだ。
「……信じてやるさ」
剣を振り、降り注ぐ死の雨を切り裂き、迫って来ていた前方からの魔弾を斬り飛ばす。
魔女は驚愕していた。しかし、そんなものを気にかけている都合はこちらにはない。
「大罪人サリィ・デモンズに告ぐ」
剣を回し、腰の位置で止める。
「王都魔術師隊黒龍隊隊長直轄部隊所属にして、ルクレイアの守護者の1柱。【魔術師殺し】アレクセイ・ラインクラフトが命じる」
腰を落とし、見つめるのは一点。
いかに強力な魔術師とは言え、今の俺に鈍臭い魔術は通用しない。
「王族を守る剣による断罪を行う。この場で死ね」
魔女は反応しない。
いや、此方の一点を凝視している。
見ているのは俺の右手?
「そういう……こと。アレクの様子が変なのはお前の仕業か!! ミレーヌゥゥゥゥゥゥッ!!」
魔女の叫びを尻目に駆ける。
全力で飛び込んだ俺の動きに合わせる様に魔術を展開してきたのは流石魔女だと言わざるを得ない。
しかし、飛び込みながら発動前の魔力線を切り払うと、そのままの動きで地面から空に向かって刃を振り上げた。
──途中に魔女の体があったが、手応えは一切ないままに。
「……あ……」
恐ろしい程あっけなく通り過ぎた刃に目を向けたまま、信じられないものを見る様に魔女は口を開く。
その一言にどれほどの想いが込められていたのかは知る由もない。
「……アレク……」
たった一言。
それだけ紡がれた言葉に、何故か両目から雫が零れた。




