54 後始末
……やはりそういう事……か。
グリフォンの心臓部にあった“モノ”を見つめた後、握りしめる。
まず間違いないと思いながらも期待していた僅かな希望……いや、望みか。その望みが無くなる最後のピースがカチリとはまった音がした気がした。
「お疲れ様」
背後から聞こえた声に振り向くと、コリーナとクランチさんがこちらに向かって歩いてくるところだった。
コリーナに至っては手にしたマナポーションを見せびらかすように振っている。
そうか、どうにも力が入りにくいと思っていたが、魔力切れだったのか。
「うまくいったようだな」
「誰かさんのお陰でね。はい、これご褒美」
「ありがたくいただくよ」
コリーナからマナポーションを受け取ると、一息に飲む。
実際、手持ちは1本しかなかったから素直にありがたかった。
これからやる事を考えると、マナポーションという保険があるか無いかでは大きな違いがある。
「こいつがあの特殊個体か」
マナポーションを飲んで一息ついていると、クランチさんがグリフォンの死体に手を当てていた。
「そうです」
「羽に体皮に魔力線の痕がある。こいつの魔術障壁は後天的なものか」
流石だ。そこまでわかるのか。
「そうみたいですね。本当に特殊個体だったのかも疑わしいですね」
「ああ。しかも二本。恐らく対物障壁だな。よくこんな化け物を斬れたものだ」
は?
「普通に斬れましたけど」
俺の言葉にクランチさんは不思議そうな、コリーナは嫌そうな顔をした。
「それ嫌味? 流石王都の学園の剣術科を飛び級首席で卒業した【剣聖】様はいう事違うわね」
「……剣聖?」
クランチさんが眉を寄せてこちらを見た。
「嫌味はお前だ。普通この場でそれを言うか?」
「どうせすぐバレるでしょ。そもそも、ラーグラント魔術師隊の隊長は知ってるんじゃない? 多分」
知っているだろうな。在学が被っているって言っていたし。
「最初からこっちは貴方が剣を使う事は織り込み済みだからそれはいいのよ」
「俺は知らんぞ」
「ほら、こういう事になるんだから、さっさと全部話すべきね」
仕方ないか。
ようやく魔力が回復してきたので立ち上がる。
「まあ、コリーナが言った通りです。俺はどちらかと言うと剣の方が得意です」
「……あれだけの魔術の腕よりも得意と言われると恐怖しかないな。だが、合点がいった。あの赤龍隊で10年も生き延びたのはそのおかげだな? 魔術剣を持っているのも」
「そうです」
柄を握り、答える。
実際、北方戦線の後の戦いにおいて剣の使用は躊躇わなかったからそれも一つの理由だろう。
「騎士団の応援がいらないと言うはずだ」
「本当はもっとスマートに討伐するはずだったんですけどね。思いの他賢かったようで」
グリフォンの死体を3人で見下ろす。
「こっちの戦力を把握したうえで戦法を明らかに変えたわね」
どうやら、コリーナは自分の戦いをしながらもこちらの戦いを見る余裕はあったらしい。
「こちらの攻撃の後に明らかな時間稼ぎと安全策を取ったからな。こいつは魔獣の群れさえ自身の戦力と数えていた」
「そんな魔獣がいるのか? 特殊個体だからか?」
果たして、特殊個体でもここまで賢い魔獣がいるだろうか?
「まあ、いないとは言わないけどね。ただし、そういう個体は──」
「コリーナ」
コリーナのセリフを遮ってクランチさんに向き直る。
「クランチさん。申し訳ありませんが、コリーナを連れてラーグラントに戻って貰ってもいいですか? 報告は早い方がいいでしょう」
「なに?」
俺の提案に、クランチさんは瞳を鋭くし、コリーナはため息を吐いた。
「お前はどうするのだ? 全員で戻ればよかろう」
「後始末があります。見える範囲では魔獣の影は見えませんが、狩り残しがいるかもしれない。その場合、俺の魔力探知が必要です」
「ならば、報告は1人でもいいだろう。俺でも、この女でも」
この女と言われた所でコリーナが凄い目でクランチさんを見たが、それは今どうでもいい。
「今回の作戦に協力してもらいましたが、本来コリーナは部外者です。これ以上こっちの業務を振るべきじゃない。それは後始末も同じです」
「別に乗り掛かった舟だし、頼まれたらやるけど?」
「後で部隊間でのトラブルに発展しても困る」
俺の言葉にコリーナは肩を竦めて受け入れる旨を態度で示したが、クランチさんの表情は変わらない。
「……イリスとの約束を違えるつもりか」
無事に帰って来いって言うあれか……。
「破りませんよ。仕事が終わったら帰ります。何も戦いに行くわけじゃない。唯の確認ですよ。そんなものに人数かけて帰還を遅らせるよりも、作戦成功の報を一日も早く持ち帰った方がいい」
「貴様がいない事を俺があいつに説明するのか」
「別に、後から帰る。無事だ。とでも言えばいいのでは?」
普段コミュニケーションを取ってないみたいだしいい機会でしょ。
それでも納得いかないのか厳しい視線を向けてきたクランチさんだったが、こっちの意見が変わらないとわかったのか諦めたかのように首を振った。
「いいだろう。今回はいう事を聞いてやる」
「流石年長者」
茶化したコリーナを睨みつけ、背を向けたクランチさん。
一歩歩き、何故かそこで足を止めた。
「アレクセイ」
「何です?」
別れの言葉だろうか?
「貴様、敵は憎いか?」
「……は?」
唐突な言葉に思わず間抜けな声が出てしまう。
「いや、別に憎くはありませんけど」
そもそも、今回にしろ敵を殲滅しただけだ。仕事である。
だが、クランチさんは続ける。
「言い方を変えよう。敵は……死ぬべきか?」
この人は何を言っているのだろう? そんなもの。
「死ぬべきでしょう。それが敵であるなら」
当たり前の話だ。
こちらに敵意を向けてくる以上、敵は全員死ぬべきだ。
「……そうか。死ぬべきか」
「はい」
俺の言葉が理解できたのだろうか。
クランチさんはそれだけ言うと荷物を置いた場所に向かって歩いて行った。
「……何が言いたかったんだと思う?」
俺の質問にコリーナは可哀そうな人を見るような視線を向けてきた。
「さあ。貴方がわからないなら私がわかる訳ないでしょ。でも、言いたい事はわからないでもないわね」
「わからないでもないのか。じゃあ、予想でもいいから教えてくれ」
だが、コリーナは今度は悲し気に首を振った。
「それは自分で気付く事。それに、私も人の事は言えないからよけい言えないわ。知っていてなお……私も敵は死ぬべきだと思っているもの」
コリーナは杖を肩に回すと帰り支度を始める。
「じゃ、あの男と一緒に戻る事にするわ。貴方も……必ずあの子との約束を果たしなさい」
「…………努力はしよう」
何処まで察しているのか。
それとも全てお見通しなのか。
こちらに手を振ってクランチさんの元に向かうコリーナを見送ると、その場に腰を下ろした。
今度は疲労の為じゃない。
「……さて」
ここからが…………本当の意味での清算だ。




