49 それぞれの地獄
目覚めは驚くほどにすっきりとしていた。
まだ陽が昇って間もないのだろう。窓から滲む光は弱弱しく目覚めの材料にはなっていない。
それでも目が覚めたのは、悪夢の続きを目にする事を本能が拒絶したからだろう。
ベッドから起き上がり、扉迄歩くと外に出る。
日の出直後か直前の様で、空は明るくなってきてはいたがこの位置では太陽は見えない。
しかし、太陽は見えなくても見えるものがあった。
「……見張り台か」
どうしてそんな場所にいるのか。
俺と同じように目が覚めてしまっただけか。
それとも、俺の能力を完全には信じておらず、自分で見張りをしようと思ったのか。
俺は見張り台まで進むと、梯子に足を掛けて登っていく。
終点までたどり着くと、森に向かって立っているクランチさんがいた。
「おはようございます。見張りですか?」
「……そんな所だ。お前もそうか?」
「……そんな所です」
並んで立つと、2人で森に目を向ける。
状況としては昨日と同じで、大きな魔力が一つと無数の小さな魔力が点在していた。
「今度は魔獣が相手だな」
暫く無言で並んでいた俺達だったが、ふと、クランチさんがそんな事を口にした。
「今度とは?」
「お前とは顔を合わせたわけではないが、俺は同じ戦場に立った事がある。あの時の相手は人間だった」
北方戦線か。
そう言えばそんな事を言っていたな。
「人間でも魔獣でも同じですよ」
「本当にそう思っているのか?」
予想外の返答に顔を向けると、クランチさんがこちらに目を向けていた。
「思っていますよ。あの時のあれは……全員魔獣と変わりませんよ。奴らも……俺も」
アリスを守る事が出来なかった。
あの戦場において最も後悔した出来事はそれだけで、敵兵を殺した事は今でも後悔していない。
「奴らを殺した事は後悔していません」
「後悔しているのは自分が生き残ってしまった事……か?」
クランチさんから視線を外し、再度森に目を向ける。
「何故そんな事を?」
「そう見える。知っているかどうか知らんが、俺はあの戦いが終わった直後に戦場に行っている」
確かに、以前隊長からそんな話は聞いていた。
「正直に言おう。あの時、俺の仲間達を殺したのはお前だと思っていた」
俺の仲間達……。
「クランチさんの元の部隊の人達ですか?」
「そうだ。俺の以前の所属は“黒龍の爪”だ」
「……黒龍隊の下部組織でしたか」
道理で実戦魔法が得意な筈だ。
王都の魔術師隊全体で見た場合の前線部隊は赤龍隊だが、戦場特化の黒龍隊にも前線部隊は存在する。それが、黒龍の爪を始めとした下部組織だ。
「酷い戦場だった。当時は切り殺された仲間達の亡骸を見て絶望し、魔術で味方もろとも全滅させた魔術師がいると聞いて怒りを覚え、その後追尾型の魔術によるものだと聞いてそんなものはあり得ないと憤慨した」
森に目を向けたままのクランチさんはかつての戦場を見ているのだろうか。
俺も、今朝の悪夢の事もあり最後の光景が脳裏に浮かぶ。
「だが、後になって冷静になれば魔術で纏めて殲滅したにしては不自然な光景だった。味方の死体は切られたものしかなかったからな。真っ白に焼け落ちた無数の敵兵の死体が転がっているのに……だ」
白く燃え尽きた敵兵の死体に埋もれる様に、血だらけのアリスが横たわっていたあの戦場。
まだ息があったアリスを抱きかかえ、無詠唱の回復魔術を施したが殆ど効果は無かったあの無力感。
ああそうだ。
俺はあの時からずっと死に場所を探していたのかもしれない。
自分が死んでも変わりはいるが、俺には変わりがいないんだと口にして呼吸を止めてしまったアリスの言葉が呪いのように残っていたから。
──だからこそ、今度は間違えないのだ。
「生き残った事を後悔していたのはそうかもしれません。でも、今はそう考えていない。少なくとも、今回同じ失敗はしません」
俺はクランチさんに向き直る。
「敵は全て殺します」
「……そうか」
クランチさんは何故か深いため息を吐くと梯子に向かって移動する。
「クランチさん?」
梯子に足を掛け、降り始めたクランチさんだったが、俺の声に反応したのか動きを止めた。
「アレクセイ。一つ忠告しておいてやる」
「何でしょう?」
下から見上げる形で。
それでも、鋭い視線をこちらに向けて。
「憎しみに飲まれるなよ。過去に縛られて行動すれば、どんな結果になっても後悔する事になるぞ」
「……それはどういう……」
「そろそろ陽が昇る。あの女も起きるだろうし、作戦の準備をしておけ」
それだけ言い残してこの場を離れるクランチさんの言葉だけがこの場に残る。
「……憎しみ……?」
俺にそんなものは無い。
……無いはずだ。
それなのに、強くなった陽の光が伸ばした影が、俺に向かって嘲笑しているような気がした。




