48 悪夢②
「ようやく出来たな。いや、思っていたよりも早かったか?」
壊れた的を前にして、座り込んでしまった俺の背後から聞こえてきた声はミレーヌさんだ。
「……これで、別の力を教えてくれるんだよな?」
「ああ。約束だからな」
ミレーヌさんは俺に近づくと、「よっ」と掛け声をかけて俺を抱き上げる様に立たせる。
「おお。いつの間にか同じくらいの背丈になったな」
「やめろよ。いいからさっさと教えてくれ」
「立つのもやっとのくせして生意気だなぁ。まあいいか」
ふらつきながらも突き飛ばした俺に苦笑しながら、ミレーヌさんは何やらわけの分からない音を口にする。
「●─◦─〇─◎◎──●─◎●──」
「何言ってんだ? ついにおかしくなった──」
俺の言葉は最後まで続かなかった。
空に奔った黒い稲妻が俺達のすぐ傍に落下したからだ。
「……は……」
思わず腰を落としてしまった俺の頭にミレーヌさんの右手が乗る。
「ビビってるんじゃない。次の課題はこれだ」
「いや、これって詠唱魔術じゃ……」
ミレーヌさんの右手が俺の髪の毛をグシャグシャと混ぜる。
「そうだな。だが、詠唱は詠唱でもこれは純粋詠唱魔術だ」
「純……粋……って……。一流の魔術師が使うって言う個人魔法じゃ……」
「そう言われてはいるな。だが、こいつは全く同じ言葉を使っても人によって発動しないってだけのただの詠唱魔術だ」
俺の頭に置いた手はそのままに、ミレーヌさんは俺の隣に腰かける。
「世間じゃ発音だなんだと言われているが、私はそれを信じてない。絶対にそれ以外の発動条件が有るはずなんだ」
「それと俺の訓練に何か関係あるのか?」
ミレーヌさんに顔を向けた俺に対して、彼女はニヤッと笑う。
「こいつのいい所は短縮も増幅も無いって事だ。純粋に、馬鹿みたいに同じ呪文を詠唱すればいい。人によって違う効果が表れるが、いつかはきっと発動する。何が起きるか分からんがな」
「そんなものを……」
「怖いか? なら無理強いはしないが、これが出来るようになれば世間はお前を一流の魔術師だと認めるだろう」
純粋詠唱魔術が扱えることが一流の魔術師の証。
それは今も変わらない。
「…………」
「初めは真似でもいい」
俺の頭を優しく撫でて。
「とにかく使える時間の限りを尽くして私の術の真似をしろ。絶対に成功するとは言わんが、何かが起きる可能性はあるだろう? お前の美徳は同じことを愚直に続けることが出来る糞真面目な性格だ。何よりも──」
ミレーヌさんは頭に乗せた手を離すと、両手で俺の両頬に触れて向き合った。
「──お前は王国最強の魔術師である私のたった一人のかわいい息子なんだ。こんな簡単な事が出来ないわけが無いだろう?」
~~~~
「先輩!!」
赤龍隊の宿舎の廊下だろうか。
突然の場面転換に混乱してしまいそうになるが、背後から聞こえてきた声と周りの景色が当時の状況を即座に思い出させた。
「ミラージュか。どうしたそんな大声で──」
「何故ですか!!」
振り向き、苦言を呈した俺の声を、アリスの大きな声が塗り替えた。
「何故とは? 君が何の事を言っているのかわからないんだが……」
「何故、今回の作戦に参加する事にしたんですか! 先輩の変わりは誰にも出来ないんですよ!?」
アリスの言葉にすぐに理解する。
これはたった今あの作戦──後に北方戦線と呼ばれる作戦の参加申請をした帰りの事だったからだ。
「変わり? この王都の防衛任務がか? 誰が手を回したのかは知らないが、俺達赤龍隊の任務は防衛任務じゃない。そんなものは白龍隊の連中に任せればいいんだ」
現に、赤龍隊の大部分の隊士は最前線に送られる事になっていた。
にもかかわらず、何故か俺達の部隊だけは王都に残って防衛任務に当たるように言われていたのだ。
誰がそうしたのかは……当時の俺には一人しか考えられなかった。
「しかし……なら! それでも先輩が考えを変えないなら私も行きます! 私は治癒術師です! 先輩に何かあっても助ける事が出来ます!」
「君が?」
アリスは俺と同じ小隊に所属していたから、当然、俺と同じように王都の防衛任務にあたるはずだった。
この出来事を……俺は今後も絶対に忘れる事は無いだろう。
この世に生まれて、もっとも愚かな結論に至った自分自身を。
「わかった。隊長には俺の方から話しておこう」
この決断が、俺にとっての最大の悲劇の引き金になったのだから。
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「もう無理です!! 先輩は撤退して後方部隊に連絡を!!」
わかっていた筈だった。
対処できたはずだった。
しかし、実際の戦場では個人の力など無力に等しかった。
「ふざけるな!! お前を置いて一人で逃げられるか!!」
簡易魔術で前方の壁を吹き飛ばす。
しかし、それは一時的でありあっと言う間に次の波が来る。
今後ろを振り返れば……あっと言う間に飲まれるだろう。
「それが任務です! 私達の仕事です!」
「だったら!! それはお前がやれ!! 俺が時間を稼ぐから──」
「私じゃダメなんです!!」
前方の壁を押し返し、左右の壁を吹き飛ばし……それでも確実に迫ってくる。
──剣を持った敵兵の群れが。
「私は先輩と違って簡易魔術が得意じゃありません! 詠唱魔術じゃ間に合わない! この場所を単独で抜ける事が出来ないんです! でも、先輩は違うでしょう!? 簡易魔術も、剣術も使える先輩なら!」
剣術。
右手で柄を触れるが、握る事なく簡易魔術で正面の敵兵を吹き飛ばす。
だが、もう限界に近かった。
わかっていた。
今の状況を変える事は俺には出来ない。
「一人でなら逃げられる! だから、私の事は──」
「アリス!!」
抜こうと思った。
抜かなければいけなかった。
しかし、俺の頭に浮かんだのは、ミレーヌさんから言われた一言。
『お前は魔術師なんだぞ!』
その言葉が俺の右手を縛り付け──。
「!!……う……か、……」
剣が。
沢山の剣がミラージュの……アリスの体を貫いた。
口から沢山の血が零れ、此方を見たアリスの瞳が言葉はなくとも雄弁に語った。
「逃げろ」と──。
「〇─●─〇─◎◎──〇─◎〇──」
今思っても良くここで正確に口に出来たと思う。
何故なら、あの時の俺の頭の中はたった一つの言葉で一杯だったのだから。
戦場に充満するどす黒い魔力──敵意。
それが俺とアリスに対して浴びせられていた。
ああそうだ。
小さな頃からずっと言われて過ごしていた。
赤い魔力を纏った魔女から。
『一度でも敵意を向けてきた相手は信じちゃ駄目よ?』
敵意。敵意。無数の敵意。
俺から全てを──アリスを奪った連中。
どうせ信じる事の出来ない連中だ。
そんな奴らは全員──。
「──死んでしまえ」
それがトリガーワードとなって。
俺の目の前が真っ白に染まった。




