47 悪夢①
小屋に入って最初に出た感想は「思っていたよりもちゃんとした家」だった。
外見は簡易的に建てた物置の風体であったが、実際に中に入って見てみると、ベッドもテーブルもあるし、簡易的とはいえ調理場もある。必要最低限生活するための設備は備えてあるのだろう。
ベッドに腰かけ、暗闇に目をはせる。
四方を壁に囲まれてしまっている為に目視する事は出来ないが、魔力を感じる事は出来る。
知る限りでは俺と母さんのみが身につけている特異体質。……の、筈だ。
この能力を引き継いだからこそ、母さんは事ある毎に「魔術師としての才能がある」と口にしていた。
しかし、同じような実力のミレーヌさんは、俺の魔術特性を感じてすぐに「魔術の才能が無い」と断じた。
どちらの言い分が合っているのかは分からないし、わかりようもない。
ただ、現実としてこうして俺は魔術師としてこの場にいるという事だ。
「…………」
ベッドに横になり、天井に目を向ける。
多少闇に慣れてきた目には天井の粗末な造りの他に、仄かに流れる魔力が見える。
母さん曰く「ノイズ」であるそれを、小さな頃はよく追いかけていたものだ。
無邪気な子供心に……ではない。
そもそも、この世に生を受けた当時の俺に子供心など無かったのだから。
瞳を閉じて初めて訪れる真の暗闇。
その暗闇に安心し始めたのは何時頃からだろう?
母さんと魔術の訓練を始めた頃?
ラーグラントの町に魔獣がなだれ込んできたあの頃から?
それとも……北方戦線の悲劇を目にした時からか?
わからない。
しかし、いつしか俺にとっての睡眠は逃げであったことは確かだ。
逃げれば……眠りに落ちればこの現実と言う悪夢から逃れられるのだから…………。
~~~~
「お前は本当に魔術の才能が無いなぁ……」
呆れた様な声色。
もう随分聞いていない懐かしい声。
「……うるさいな」
それに返すのはうんざりしたような子供の声。
いや、待て。
これは……夢か?
目の前には魔術訓練用の的。最近目にしたばかりの高強度用のAタイプ。
それを、やけに低い目線で見つめていた。
「簡易魔術であれが破壊できるわけないじゃないか」
「ほーん」
子供の声に呆れたような声を出したのは黒髪の女。
良く知っている。
知りすぎているほどに知っている相手だった。
太々しい表情を浮かべた小柄な女は、右手を軽く振る。
ただそれだけで、視線の先にあった的が粉々に砕けた。
「…………」
「簡易魔術で……なんだって?」
俺は唇を噛み締める。
そうだ。俺はこの光景を知っている。
何故なら、これは過去に体験した事だからだ。
「お前さ。そんなくだらない言い訳してる立場じゃないだろ。『力が欲しい』って言ったのはお前だろ? その為には何でもするとも言ったぞ。詠唱魔術の短縮も増幅も出来ないお前が魔術師として力を付けたいなら無詠唱を磨くしかないだろうが」
「……何で簡易魔術なんだ。俺にだってもっと訓練すれば詠唱魔術が上達する可能性が──」
「無いよ」
俺の言葉に黒髪の女──ミレーヌさんは一言で否定する。
「いいかアレク。詠唱魔術は才能が無けりゃ上達しない。お前は確かに生まれ持った感知能力と、人よりもほんのちょっとだけ多い魔力がある。けど、それだけだ。お前は壊滅的に魔術の構成を編む能力に欠けてるんだよ。これはお前の生まれ持った資質とも取れる」
「魔術の資質が無いって事かよ」
「そうだよ」
俺の言葉にあっさり肯定するミレーヌさん。
「お前には魔術の才能が無い。だが、だからって強い魔術師になれないわけじゃない。その為の方法の1つが簡易魔術を突き詰める事だ」
「1つ……。って事は、他にもあるのか?」
「あるよ。でも、まずはこれを極めろ。話はそれからだ」
そう言って地面に座って見学に徹する事にしたミレーヌさんを睨みつけ、俺は再び正面を向く。
破壊された的の隣にもう一つ立っている的が有る。
だから俺は、それに手を伸ばし術を打つ。
何度も、何度も、何度も──。
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「アレクセイ先輩ですよね!?」
景色が変わる。
ここは今では見慣れてしまった赤龍隊宿舎の訓練場か。
背後から聞こえてきた声はイリス?
……いや、ここは赤龍隊の宿舎だ。
いくら夢とは言えここにイリスがいる筈はない。
夢の中の俺は声に反応して振り向く。
景色は訓練場の壊れた的から訓練場の入口へ。
そこに立っていたのは──。
「……君は……新入隊員か?」
「はいっ! 今日からお世話になるアリス・ミラージュです! まさかあの【剣聖】アレクセイ・マスト先輩に魔術師隊でお会いできるとは思っていませんでした!」
肩のあたりで切りそろえられた白い髪に小柄な少女。イリスによく似た顔立ち。
「……その呼び方はやめてくれ。俺は魔術師だ」
「そうですか? では、アレクセイ先輩で!」
……ああ、そうだ。
君はそんな顔をしていたんだったな。
今の今まで忘れていた俺を責め立てている。
きっとこれは悪夢なのだろう。




