44 変わっていく関係性
廊下を進んでいくと出入り口の所で先程の恰好から杖を加えただけのコリーナが一人立っていた。
「早いな」
「元々旅支度だったもの。戦闘用にこれだけは持っていくけどね」
背丈の半分ほどの長さの木の杖を、コリーナはくるりと回す。
黒龍隊と白龍隊は基本的には後方支援や長距離攻撃が主となる為、杖のような大型の魔術増幅装備を手にしている事が多い。
「貴方は……あら。懐かしいわねそれ」
俺の指を見たのだろう。リングを指さしながらコリーナが微笑む。
「ミレーヌさんのだからな。そりゃ君は懐かしいだろう」
「そうね。でも、噂では貴方ミレーヌ様の遺産は全部放棄したって聞いてたから意外」
「……こいつは直接手渡されたんだ」
あの時の黒龍隊の隊士の姿は今も覚えている。
表情の薄い小柄な男性隊員だった。
「ミレーヌ様の執念かしら? あなたと離れて暮らすようになってからもずっと貴方の身は案じていたから」
「あの傍若無人が服を着た様な人がか」
「貴方があの方をどういう目で見ていたか分かる発言だけど、あの人だって人間だもの。小さな頃からずっと大切に育ててきた子の心配位するでしょう」
「そんなもんか」
「そんなもんよ。私も人の親になってようやく理解したんだけどね」
人の親……か。不思議な物で、あの人は俺を保護した時からずっと俺の母親のようにふるまった。実際には血の繋がりなんてないし、実の母親は故郷の町に生存していた。
何故そんな態度をしていたのか当時は分からなかったが、その後俺が帰郷しようとするのを何かと妨害していた事を考えると、そもそも帰すつもりが無かったから母親代わりをしようと思ったのかもしれない。
何故俺を帰そうとしなかったか……それは今となれば何となく予想が付くが、ミレーヌさん亡き後にこうして帰郷し、恐らくはミレーヌさんが危惧していたであろう事態に発展してしまうのだから……。
いや、先程の会話に何か変な所が無かったか?
「……人の親になった? まさか、君は子持ちの既婚者か?」
「……今更? 別の部隊に出向していたとはいえ、同僚に対して無関心過ぎない?」
不満げな表情を見せるコリーナだったが、無関心も何もこれまで接点は殆どなかったのだから当たり前だ。
「俺が黒龍隊の所属だと知ったのは今日だぞ。別の隊の人間の人間関係など知りようも無いだろう」
「それでも同期でしょ。まあいいけどね。質問に答えるとこれでも一児の母だったりするのよ」
嬉しそうに胸を張るコリーナ。
「母か。しかし、家名が変わっていないようだが」
「夫が庶民の出身なのよ。それでこっちに婿入りする形でね。会ったらビックリするわよ。貴方も知っている人だから」
そうなると、魔術師隊関係者か、学園時代の知り合いのどちらかか。
「そうか。会う事が有ったら驚くこととしよう。そうなると、今回の事は良かったのか?」
最終的に同意は得たとはいえ、危険な任務に勝手に組み込んだのだ。実際クレームの1つでもあるかと思ったのだが無かったからそのまま流していたが……。
家族がいるのなら話は別だった。
「私の本来の任務は貴方を王都に帰す事だもの。貴方が戦場に行くって言ってるのに放っておくわけないでしょ。寧ろ、任務にかこつけて逃げ出さないように監視も兼ねつつ一緒に行く位します」
「危険な戦闘の頭数なのにか?」
「私だって王国の魔術師隊の一員よ? 地方領主の問題であっても協力を申し入れられれば受け入れる位するわ」
「そうか」
俺が頷くと、コリーナが笑う。
「そうよ。だから、しっかり私が死なないようにしてよ。私の子供を貴方のようにしたくはないでしょう?」
「ああ。わかっている」
俺はリングを嵌めている右手を握る。
「君は絶対に子供の元へ帰す」
「頼んだわよ」
俺の肩をコリーナが軽く叩いた所で、廊下の先からクランチさんがこちらに歩いてくるのが見えた。
「俺が最後か。待たせたか?」
「いえ、こっちは準備するものがあまりありませんでしたから」
「お互い、王都から来たばかりだしね」
俺の返事にコリーナも合わせる。
クランチさんは大き目の杖と背負い袋を一つ背負っていた。
「そうだったな。では出発するか。今から出れば日没ごろには開拓村にたどり着くだろう」
「日没……ね。そうなると、作戦は明日の朝かしら?」
基本的に特別な理由でもない限り夜間の戦闘は行わない。
「そうだな。特に相手は体色が黒いグリフォンだ。リスクが無い訳ではないが……開拓村で一泊する事になるだろう」
「了解です。では、出発しましょう」
3人で頷きあい、建物を出る。
暫く無言で歩いていたが、正門が見えて来た所で誰からともなく歩みを止める。
「…………」
理由は単純。
正門の真ん中に一人の少女。
ラーグラント魔術師隊の最年少イリスがこちらに向けて佇んでいたからだ。




