43 たった一つの遺品
部屋に戻ると整理の途中だった荷物を広げる。
任務に持っていく物を選ぶためだが、王都で多くを処分してしまったため、選択肢はほとんど残されていない。
「手持ちのマナポーションは1つのみ……か。十分とは言い難いが仕方ないな」
腰のホルダーにマナポーションを突っ込むとその他の荷物を広げていく。
着替えの他には保存食、書類の類と竜の紋章が入っていた空箱。それから──。
「……これは」
鞄の一番下から出てきた小さな箱。
それを取り出し中を開けると、中に入っていたのは一つのリング。
忘れる筈もない。ミレーヌさんがいつも身につけていた魔術を増幅する魔道具だ。
『いいかアレク。どんなに絶望的で、どれほど不安な状況にあったとしても、仲間には絶対にそれを見せるなよ。いつでもどんな状況でも、絶対的な自信と余裕のある態度を崩すな。結果的にそれが味方を救う事になる』
頭に浮かぶのはかつての師匠の言葉。
思えば、あの人は何時だってその自信を崩す事はなかった。
「……わかってるさ」
絶対に死ぬことは無いと思っていた。
どんなに努力をしても、どんなに死力を尽くしても、絶対に追いつけない頂きにいる存在。
『自分の意見を通したいなら私を納得させてみせろ』そう言ってきたミレーヌさんに認められたくて、どれほどの努力をしただろう。
しかし、そんなミレーヌさんも戦場で死んだ。
俺も参加した北方戦線でだ。
訃報を聞いたのは終戦し、魔術師隊殺害容疑の嫌疑が晴れて釈放された直後の事だった。
俺の釈放を出迎えた黒龍隊の隊士から渡された書類と木箱。
書類は……ミレーヌさんの遺書だった。
『ミレーヌ・ラインクラフトの資産、権利の全ては、長子であるアレクセイ・ラインクラフトが受け継ぐものとする』
たったそれだけが記された簡素なもの。
釈放された直後である事や、酷い戦場の直後だという事もあり、俺はミレーヌさんの死を受け入れずにその場で遺書を破り捨てた。
遺書に記された名前が違うという名目で、2人で住んでいた屋敷も含めて全ての遺品の受け取りも拒否した。
その為、手元に残っているのは直接手渡されたこの魔道具だけだ。
俺が付けるには大分小さなリングを右手の人差し指に軽く当てると、リングは俺の指に合うサイズへと変化する。
これは魔術を増幅するだけではなく、こういった所持者の設定もされているものだ。
つまり、ミレーヌさんはこの魔道具の所持者に自身だけではなく俺も設定していたという事だ。
「勝つさ。それがどんなに危険な戦いだとしても」
思えば、ミレーヌさんは俺が死なないように色々と手を回していたように思う。
王都の学園卒業後に再入学させた事もそうだ。
あの時は色々と揉めてしまったが、あれが無ければ今俺がこの場に生きて存在している事は無かっただろう。
「よし。行くか」
リングを嵌めた手を握ると、散らかした荷物はそのままに扉に手を掛ける。
大丈夫。
たとえ相手が魔術に強い魔獣だったとしても、俺の力は魔術だけじゃない。
『お前は魔術師だ。魔術以外の才能があるからってそれ以外の道は認めない。お前は王国最強の魔術師の息子なんだぞ!』
ノブに掛けた手に嵌めたリングが目に入ったからだろうか。
ふと、かつての口論の内容が脳裏に浮かぶ。
そう言えば、あの後から疎遠になってしまったんだった。
あっちからは何度も面会の申請はあったが、忙しさを理由に殆ど断ってしまっていたからだ。
「大丈夫。心配には及ばない」
扉を開ける。
部屋を出た事で気持ちを切り替える。
常に自信を押し出せ。
不安な気持ちを態度に出すな。
「俺は魔術師だ。それは今後も変わらない」
せめて、それ位の望みは聞いてやるさ。




