39 請われた者達
「怪我人はガルムとハイヤーの2人だ。特にハイヤーが酷い。診てやってくれ」
「わかりました」
イリスは頷くとベッドまで移動する。
その途中で一瞬だけ俺に視線を飛ばしたようだが、特に何も言わずにベッド脇に座った。
「……これは酷い。しかし、応急処置が適切ですね。これはガルムさんが?」
「物理的な止血はな。だが、魔術的な応急処置の事を言っているなら、そこの新人のアレクセイだ」
「アレクセイさんが?」
ハイヤーの手に触れながら、イリスがこちらに顔を向ける。
「簡易的な治癒魔術だ。特別な事をしたわけじゃない」
「……あまり治癒魔術を“簡単”だと取れる発言をしてほしくありませんけれどわかりました。これなら何とかなるでしょう」
少しだけムッとしたような反応をしたイリスだったが、直ぐに視線を切ってハイヤーに向き合うと目を閉じた。
「この者に安らぎを」
おい。それだけか?
たったそれだけのフレーズで魔術の構成が完成したのがわかった。
「天使の息吹」
それがトリガーワードなのだろう。基本的にトリガーワードは本人が識別しやすい名称を口にするだけなので、厳密に術の名前を呼ぶわけではない。わかりやすいからそうしているだけだ。
俺の広範囲殲滅魔術が世間では【白い惨劇】と呼ばれているが、俺が【ライトニングメテオ】をトリガーワードにしているのと同じだ。
術が発動した後の変化は劇的だった。
直ぐに変化したのは顔の傷だ。
こめかみから目に掛けて抉られていた傷が消え、ハイヤーの顔色も明らかに良くなった。
右目は閉じたままだったが、術の発動が終わった頃にハイヤーが上半身をベッドから起こした。
「……ごめんなさい。右の眼球は修復しきれませんでした」
「かまわない。これは今回の失態の証として残そう。ありがとうイリス。流石だな」
「いえ。私は私の出来る事をしたまでです」
イリスはハイヤーの状態を改めて確認した後に立ち上がると、今度はガルムに歩み寄る。
ガルムは既に立っている状態だったが、イリスは椅子に座らせると患部に触れ、動きを止めた。
「これもアレクセイさんが?」
「おお。詠唱も無しに見事だったぜ」
イリスはため息を吐くと先程と同じように治癒魔術を唱える。
今度はハイヤーの時とは違い、綺麗に完治したようだった。
「おお! やっぱすげえな。アレクセイの時もすげぇと思ったが、イリスと比べると天と地の差だな」
「本職と比べないで下さい」
「ははっ! 悪いな。しかし、すげぇのは確かだ。お前も“請われて”来た口か?」
……請われて?
「いえ。俺はこの町が故郷なんです。家族の不幸の報せを受けて帰って来たのですが、その時に前の職場を辞したので……。再就職と言う形で入隊しました」
「へー。この町の。俺はこの領出身とは言っても別の村の生まれだからな。もしかして、地元の人間が入隊したのは初めてじゃねえか?」
ガルムの発言を受けて隊長を見ると頷いていた。
「そうだな。初期メンバーは王都の引退魔術師達だったし、その後の入隊者は近隣からの移民だったから地元の人間は初めてだな」
「そうかそうか! そうなると俺やハイヤーと同じって事だろ。最近呼ばれて入った連中ばかりだったから親近感が湧くな」
傷が治って元気になったからだろう。俺の腰の辺りをバシバシと叩くガルムに、酒焼け声のレイズが口をはさむ。
「何気に俺を抜かすなよ。俺だって移民だが地元民だぜ? 後、そいつ地元出身者なのは確かだけど、元いた所は赤龍隊らしいから、おっさんと一緒にしたら怒るぜ?」
「いや、別に怒ったりはしないが……」
「赤龍隊? あの突撃部隊出身か!」
驚いた声を上げたガルムに俺は頷く。
「そうです。あの突撃部隊に居ました」
「何年いたんだ?」
「10年ですね」
答えた俺にガルムが口笛を吹き、ハイヤーが息を飲んだ。
「マジかよ。すげー奴が入って来たな」
「赤龍隊に10年単位の在籍はあまり聞かないな」
赤龍隊の事を知っているという事は、この二人は王都への出張も経験しているという事か。
「さて。新人が入って浮かれているのは分かるが、今はそれどころでは無いだろう。ハイヤーとガルムはこのままここで休息だ。ガルムはまあ、自室に戻ってもいいが、しばらく仕事はしなくていい」
「おいおい。ハイヤーはともかく、俺はもう絶好調だぜ?」
「やめて下さい。確かに傷はふさがりましたが、失った血液までは戻っていないんです。隊長の仰る通り安静にしていてください」
椅子から立ち上がり抗議をするガルムだったが、イリスに椅子に押し付けられる。
てっきりそのまま反抗するかと思いきや、仕方ないという感じで苦笑した。
「イリスに言われちゃ仕方ねぇな。ハイヤーと一緒に大人しくしてるよ」
「ああ。そうしてくれ。他の者は隊長室だ。そこで今回の件を話し合おう」
俺達は頷くと、退室する為に移動する。
「ああ、そうだアレクセイ」
そんな時に、背後から声がかかる。ガルムだ。
「お前さん、赤龍隊に居たんなら【白い惨劇】って奴知ってるか?」
「……ええ。知っています。とてもよく」
俺の答えにガルムは笑った。
「そうか。いつでもいい。もしもお前が今後そいつに会う事があったら、礼を言っておいてほしいんだ」
「……礼? 罵倒の類では無く……ですか?」
俺の答えにガルムは一瞬キョトンとした顔を見せたが、膝を叩いて豪快に笑った。
「かっかっかっ! やっぱりお前も王都の人間だな! 悪名高き【白い惨劇】。奴の実績を考えたらそういうことを言うやつがいるってのは俺も王都に行った時に聞いたから知ってる。一度は罪人として糾弾されたグレーな英雄。けどな。俺はあいつに救われたんだ」
「……救われた」
「ああ。俺だけじゃない。ハイヤーもな」
ハイヤーに目を向けると大きく頷いていた。
「俺とハイヤーの故郷はヴァルデン村だ。今この場にいるお前は参加してないだろうが、あの北方戦線の最前線付近にあった村だよ。もしもあの時グラズニアの連中に戦線を突破されてたら、間違いなく蹂躙されただろう。それをあいつが止めてくれた。世間では大量殺人鬼だなんだと言われているが、俺達にとっちゃ誰よりも偉大な英雄なんだ」
「……そう……だったんですか」
グラズニアは北方戦線の相手の国家だ。協定を破って進行してきたグラズニアの部隊と激突したのがあの場所だった。
当然、周囲の地形は把握していたからヴァルデン村の事は知っていた。だが、戦線時には既に住民は避難してもぬけの殻だった筈だ。
それでも……こうして感謝してもらえるとは。
「わかりました。いつになるかはわかりませんが、必ず伝えましょう」
「頼むぜ」
ヒラヒラと手を振るガルムに軽く一礼すると、退室して扉を閉める。
既に他の人間は隊長室に行ってしまったようだったが、コリーナだけは扉の外で待っていたようだ。
「良かったわね。“英雄さん”」
「やめろ。俺はそう呼ばれるのは嫌いだ」
一瞥し、隊長室に向かう俺の後に続きながら、それでもコリーナは続ける。
「いいわね、その口調。学生の頃を思い出すわ。ねえアレク。一応、現状では私とあなたは同僚なのだから、そうして接してくれると嬉しいな」
足を止めて振り返ると、コリーナはニコニコと笑っていた。
「……この件が終わるまでだ。これが片付いたら俺は黒龍隊を抜けてここに残る。それまでは同僚という事にしてもいい」
「その選択もどうかと思うけど……。でも、今回の危機を何とかするというのは同意見ね」
コリーナは一歩近づくと俺の口元に人差し指を当てる。
「私とあなたは黒龍隊の隊士。誇り高き王国最強の魔術師の1人である以上この国を守る義務を持つ」
グイッと指を押し込んだ後、その手で俺の背中を叩いてきた。
「まずは平和の為の解決を。面倒な事はその後話しましょう」
「そうだな。今はそれが最善なんだろう」
俺達は並んで隊長室を目指す。
まずは平和の為に。
そうだ。
その為に俺は魔術師になったのだから。




