36 契約は人に任せてはいけない
黒龍隊隊長直轄部隊……所属?
「言っている意味を理解しかねます」
「そう。私は貴方のその反応に理解が追い付いていない」
コリーナは俺の反応を見ると眉を顰めて部屋を見渡す。
そして、副長に視線を合わせた所で動きを止める。
「この部隊では入隊希望者の身辺調査もしていないのか?」
「生憎と上司からの指示でしたので、此方としては身辺調査は済ませている認識でした」
「……リーグレット白龍隊隊長か」
コリーナは嘆息すると俺に視線を戻す。
「他の隊の人間の認識がずれているのはこの際諦めましょう。ですがアレクセイ。あなたが認識していないのはどういうこと? 入隊の手続きをしたのは貴方でしょう?」
あー。入隊手続きか……。
「赤龍隊の入隊手続きでしたら、実際に行ったのはミレーヌ・ラインクラフトです」
俺の答えにコリーナはあからさまに顔を顰めた。
「貴方……自分の進路の手続きでしょう? そんな大事な事を母親にやらせたの?」
あ。
信じられないと言いたげなコリーナに、俺は慌てて、しかし、何とか平静を装って反論する。
「ミレーヌは母親ではありません。そもそも、私は学園卒業時にスカウトされた青龍隊に入隊予定でしたし、その手続きは自身の手で行っています。それを勝手に破棄して赤龍隊の入隊手続きをしたのがミレーヌだという意味です」
あの時の事はよく覚えている。
実際にひと悶着あったからな。
「貴方の保護者でしょう。それにミレーヌ本人から貴方が“2度目”の学園卒業の際に『息子が入隊するからよろしくな』と言われています」
「初耳なんですが……」
「ミレーヌから何か言われていませんか?」
何か……。
あの時はその後の口論が印象に残りすぎて最初の事の記憶が薄いんだよな……。
確か『青龍隊の入隊は取り消してきたから、お前は期日までに赤龍隊の詰め所に行けよ』から始まって……『しっかり形に残る功績を上げるまで帰ってくんなよ』って言われた所でキレた気がする。
「私の記憶が正しいなら、『期日までに赤龍隊に行け』と、『功績を上げるまで帰って来るな』としか言われていないと思います」
他にも言っていたと思うが、その時はもう完全に口論になっていたからよく覚えていないのだ。
「……功績を上げるまで帰ってくるな。そう言われたのね?」
「言われましたね」
「おい、それは……」
念押ししてくるコリーナの言葉に、何かに気がついたのか隊長が声を上げる。
当のコリーナは小さく息を吐きだした。
「相変わらず言葉が足りない人ね……」
「どういう意味ですか?」
1人で納得しないで頂きたい。
「貴方に質問なんだけど、王都3大魔術師隊とまで呼ばれる赤龍隊の入隊手続きに、本人の意思確認をせずに完結できると思っているの? 自分の所属する部隊ならまだしも」
「出来るのではないのですか? 実際に保護者であるミレーヌが行ったのでしょう?」
「ミレーヌの所属は何処?」
「黒龍隊です。貴方と同じ魔術師隊でしたし、知っているでしょう?」
死亡したのは3年前だが、当時も隊員だったコリーナは当然知っているはずだ。
現に、先程ミレーヌ本人から俺の入隊の話を聞いたと言っている。
「自身の所属である黒龍隊の入隊手続きを行い、その後赤龍隊への出向命令をだした。という事だな?」
俺達の話を聞いていた隊長が口をはさむ。
コリーナはその行為自体は咎めず、横目で隊長を見た後に頷いた。
「その通りです。スコット隊長」
「成程な。だから、赤龍隊の除籍手続きをしても王都魔術師隊に所属したままだったのか」
「あくまで赤龍隊への出向が終了し、黒龍隊へ籍が戻っただけ。だから、隊長が『帰って来い』と言っているのよ」
二人の話を聞きながら流れを頭の中で整理する。
理屈は分かる。
最初から俺は黒龍隊に所属していて、あくまで赤龍隊での活動は出向扱いだった。
だが、それにしても10年という期間は長すぎるし、何よりも──。
「勝手すぎる……」
思わず零れてしまった本音に、コリーナは少しだけ同情するような視線を向けてきた。
「ああいう人だったし、同情はするけどね。でも、普通はその辺は確認するものではなくて?」
「進路を勝手に決められて逆上してしまいまして。その後はほぼ喧嘩別れの様な感じで……」
「ああ、だからあの頃のミレーヌ様はずっと不機嫌だったのね。てっきり、あなたが勝手に青龍隊に入隊してしまったから怒っているのかと思った。除隊の手続きをするのに相当苦労したみたいだし。おかげで、今でもうちと青龍隊の仲は悪いのよ」
元々魔術師隊と騎士隊の仲は悪いだろう。
しかし、そうなると……。
「私は黒龍隊に戻る必要がある……と?」
「当たり前でしょう。貴方がこっちでの用事がまだ終わっていないとしても、一度契約の確認と隊長への挨拶位はすべきでしょ」
そうなるのか……。
ラーグラント魔術師隊に正式に入隊したくても、一度王都に戻って除隊する必要がある……か。
そう考えた時、ドンッと扉の付近で大きな音がなる。
何だと思ってそちらを見ると、扉に寄りかかる様な姿勢で腕を組んで立っているクランチさんがいた。
「もういいか? こっちは緊急の案件を持ってきたんだがな」
「……どうなってんだ今日は。どうして緊急の案件が3件も重なってんだよ」
ぶつくさと文句を言いながらも隊長は立ち上がり、クランチさんに目を向ける。
「で、緊急の案件って何だ?」
「そうだな。あまり良くない報告が1件と、悪い報告が2件あるがどれから聞きたい?」
「……いい報告が無いのかよ……」
クランチの言葉にがっくりと肩を落とす隊長。
どうやら、平和な1日は朝の時点で無くなってしまったようだ。




