35 王家の守護者
色々とあった新しい職場の初日だったが、2日目となると平和な物だ。
レイズは朝から「頭痛ぇ」と精彩を欠き、イリスは何処か魂が抜けたかのように訓練場で空を見上げ、クランチさんは相変わらず行方不明。
俺はと言うと今日も隊長室で隊長と副長の質問に答えていた。
「お前さ。そういう報告はもっと早くしなさいよ」
隊長室のテーブルに向かい合って座っているのだが、俺と隊長の真ん中に存在するテーブルの上には1枚の便箋があった。
差出人はリグレット・ラーグラント。隊長あてについさっき届けられたものだった。
『アレクセイ・マストは黄金の龍の紋章を受け取った後に赤龍隊の名簿から抹消したと思われていたが、実際には現在も王都魔術師団の一員である事が判明した。所属部隊は不明。黄金の龍の紋章の所持者の義務は現在も継続中の為、王都からの来訪者には注意しろ。こちらもラーグラント魔術師隊への移動手続きを急ぐが難しい』と言った内容らしい。
「早くに報告と言っても、私は赤龍隊の除籍は既に済んでいるという認識でした。実際に正式な手続きは済ませていますから」
「そこは仕方ないのはわかるよ。俺としても寝耳に水の話だからな。俺が話してるのは別。お前俺に一言でも黄金の龍の紋章の所持者だって話したか?」
それはしていない。と言うか、話すべき内容とも思わなかった。
「脱退時に赤龍隊の隊長から“記念品”として頂いたものだったので。王家からの賞賛の証だという事は知っていましたが、辞めた後はただの功績の証としか思っていませんでした」
「……そう。まあ、王都魔術師団の一員じゃなきゃそうだから一概には言えんか……」
ため息を吐き、がっくりと項垂れる隊長だが、何が問題なのかいまいちわからない。すると、代わりに副長が答えてくれた。
「黄金の龍の紋章は王家に認められた証だ。陛下からの授与の際に何も言われなかったのか?」
「その前に脱退したので……。勲章は赤龍隊の隊長から手渡されました」
「……頭が痛いな……」
今度は副長が頭を押さえて黙ってしまった。
一体何が問題なのだろうか? そもそも、義務って何だ?
「これがあると何か義務が発生するのですか?」
一応ポケットに入れていた黄金の龍の紋章を取り出すと、2人の視線が紋章に集中する。
「本当に持ってやがった」
「アレクセイ。一応裏を確かめてみろ」
副長に言われて裏を見ると、文字が彫ってあるのが見えた。
「えーと。『ルクレイアの守護者 アレクセイ・マスト』って掘ってありますね」
ルクレイア? はて、どこかで聞いた事がある様な……。
「本物かよ……」
「お嬢様の手紙に書いてあるのですから、偽物の訳が無いでしょう」
嘆く隊長に顰め面の副長。なんかまずいのはわかったから説明して欲しい。
「これを持っていると問題があるのですか?」
「現在の状況ではな。それよりも、お前は【ルクレイアの守護者】の意味が分かっているのか?」
さっぱりわからない。
「いえ。どこかで聞いた事があるとは思うのですが……」
「こいつ本当に王都魔術師団にいたの?」
「……ルクレイアは我がヴァルメリア王国を納める王家の家名だ。お前はその王家を守るために王族に選ばれた人間であり、現在7名しか任命されていない王国で最も力のある人間の1人だ」
うっそでしょ?
「私は自分がそれほど力のある人間だと思っていません」
「それは陛下が決める事だ。逆に、お前は陛下の選別眼を疑うのか?」
いや、完全に節穴だろう。絶対に口にしてはいけない事だとわかっているから言わないが。
「これを持っているとその為の義務が生じると?」
「王家の守護者は何時如何なる時であっても王族を守る義務を持つ。それは所属は関係ない。何故なら、王家から“身内”として認められているからだ」
なにそれ。迷惑でしかないんだけど。
「それは……困りましたね」
「本当だよ。お前何してんの?」
「私に文句を言われても困ります。そもそも、この紋章の受勲の推薦者の1人がリグレット様だと聞いています」
同封してあった書類に書いてあった。
「……あの人何考えてんの……」
「恐らく、アレクセイが赤龍隊を辞めるとは思わなかったのでしょう。当時の赤龍隊には紋章の所持者はいなかったようですし」
赤龍隊の隊長のストラッドは確かに持っていなかったな。
「それが今裏目に出たから今更慌ててるわけだ。こりゃ、急いで手紙を出してきた理由があるな」
「文面からして王都からの使者が来る可能性が高いですな」
「元々帰還命令が出るかもって話だったからな……。どうする? アレクセイを出張に出すか?」
「それも一つの方法ですが──」
『隊長~』
ゴンゴンと扉がノックされ、気だるそうな男の声が聞こえてきた。
今のラーグラント魔術師隊において、ここまで絶不調な声を出す奴は一人しかいない。
「何だ。今重要な話中だ」
『そうなんすか? 困ったな。なんかこの美人のねーさんも最重要の要件だって言ってるんすけど』
「何だと?」
驚愕の声を上げる隊長の声をよそに、副長が扉迄移動すると、隊長の許可も取らずに扉を開ける。
そこに居たのはボサボサ頭のレイズと、黒いローブを纏った長い黒髪の女性魔術師が立っていた。
「君は……」
「あら。予想外に覚えていてくれた感じかしら?」
レイズと、ついでに副長も押しのけて入室する女性魔術師は、確かに記憶にある人間だった。
「忘れる訳がありません。私の同期の中でそのローブを着る事が出来たのはたったの1人だけでしたから」
「そう。嬉しいな。でも、だったらその堅苦しい話し方はやめて。元クラスメイトなんだし、もっと自然に話しましょう。アレク」
何言ってんだこいつは……。
「出来る訳ないでしょう。こちらは地方の魔術師隊の1隊員でしかないが、あなたは王都3大魔術師隊の1つ。黒龍隊の隊士だ。コリーナ・スカイフック殿。本日はどのような要件ですか?」
元クラスメイトであり、現黒龍隊隊士であるコリーナは肩を竦めると、俺と、隊長に視線を向けて背筋を伸ばした。
「では、ここからはかつてのクラスメイトではなく、黒龍隊の隊士として話しましょう。アレクセイ・マスト」
「はい」
呼ばれたので返事をすると、コリーナは真顔で告げる。
「黒龍隊隊長ウラン・アトミックからの伝言です。『もうそろそろ休暇は切り上げて帰って来い』との事です」
「……何の話ですか?」
黒龍隊の隊長からの伝言? 何故? そもそも、休暇って何の事だ。
「休暇とは? そもそも、アレクセイは現在はラーグラント魔術師隊の所属だぞ」
「スコット・アストレイラーグラント魔術師隊隊長」
隊長の疑問を、コリーナは隊長のフルネームと所属を口にして止める。
「あなたがその認識とは流石に職務の怠慢が過ぎる。私は別にあなた方の部隊の人間を連れて行こうとしているわけではない」
隊長にぴしゃりと言い放つと、コリーナはこちらに目を向ける。
「私は、赤龍隊に“出向”し、親類の危篤の報せを受けて休暇を使い、療養先に向かった“同僚”を連れ戻しに来ただけです。わかったらすぐに出発の準備をしなさい。黒龍隊隊長直轄部隊所属、アレクセイ・マスト」




