34 そいつ人を見る目がねぇよ
「俺さー地元じゃ神童って呼ばれてたの。知ってるか? ここからずっと西に行ったところにあるマーヴェルって町なんだけど」
「いや、よく知らないな」
「お前本当に知らんことばっかりだな。都会の人間はこれだからよー」
完全に酔っぱらってしまったレイズにさっきから絡まれている。
因みに、隊長は陽気な感じで次々と食事を頼みつつアリーシャさんと話をしているし、副長は黙々と料理を摘まみつつグラスを傾けている。
「でよ、地元じゃ魔術師の教育機関なんてなかったわけよ。でも、王都の学園はアホみたいに高い。どうしようかって話になった時に、この町で魔術師を募集してるって聞いてよ。魔術師が集まるなら教えてくれる奴もいるだろうって事で移住してきたわけだ」
「移住? 留学では無くて?」
「そ、移住。まだガキだったからな。家族共々移住してきた。つまり、俺はこの町の純粋な住民じゃなくて移民だな」
グイッとグラスの中身を一気に飲み干し、グラスをテーブルに強めに置くレイズ。
「アリーシャさんお代わりー! で、そん時に家庭教師になってくれたのが当時の魔術師隊の1人。引退した元白龍隊のじーさん。そのじーさんも絶賛してたんだぜ。『おぬしは才能の塊だっ』って」
アリーシャさんが持ってきたグラスを受け取ると、レイズは中の液体に視線を落とす。
きっと、そこには自分の顔が反射して映っているだろう。
「実際、ここに入った事も含めてその言葉を疑った事は無かったんだぜ? まあ、クランチさんがいたから俺よりかは強い奴がいるってのは知ってたさ。でも、それでも少数派だと思ってたし、現時点では劣っていても才能は俺の方があるんだって信じてた。学園を上位で卒業したって言うイリスにも歓迎会で勝ったしな」
ああ、イリスは歓迎会でレイズとやって負けたのか。
レイズはグラスに一口だけ口を付けると、今度は静かにグラスを置く。
「まいったぜ。俺が知らない、出来ない事を、王都出身者は平然とやってのけやがるし、クランチさんも出来るって言う。これまでそんな事言われた事なかったのに。……俺達のレベルが低すぎて、見せるまでも無かったんだって気が付いちまった」
「いや、そんな事は──」
「ホントは恥をかかせてやろうと思ったんだ」
グラスに視線を落としながらレイズがぽつりと零す。
「簡易魔術でAタイプの的を破壊できる奴はいない。それは俺の師匠のじーさんがよく言っていた事だ。俺の自信を失わせない為に言った嘘だったのか、今となっちゃ知んねーけどよ。お前があっさり破壊したのをみて、俺の自信も砕けちまったよ。あの的と同じように」
…………。
「……畜生……。俺に才能があるなんてのも嘘っぱちじゃねーかってよ。お前みたいな才能のある奴にはわからねーだろうけど」
「俺には魔術の才能が無い」
しかし、レイズの言葉に俺は反論する。
その言葉にレイズは視線を鋭くして顔を上げた。
「てめぇ……俺を馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿にしているつもりは無い。そもそも、これは俺が言った事じゃなくて、俺の王都での師の口癖だ」
ワインを一口喉に流して、息を付く。さんざん言われた事だった。
「お前の師匠が……? 何でそんなこと言ったんだよ」
「単純にそう思ったんだろう。あの人はストレートな性格で思った事を直ぐに口にする人だったからな。本気でこいつ才能ねえな。って思ってたと思うぞ」
思ってたって言うか口に出してたが。
「そいつ目が腐ってたんじゃねーか?」
「どうだろうな。ただ、俺はイリスとは違って学園での成績は普通だった。成績上位のイリスに勝ったっていうお前の方が才能があるのは本当かもしれない」
実際、詠唱魔術では俺はどう転んでもイリスには勝てない。
「あれだけの魔術を打てるのに?」
「イリスにも言った事だが、あれは必要に駆られて身につけただけだ。死にたくないから必死でな。流石に10年も同じことをしていればある程度は上達する。お前と俺の違いは単純に経験値の差だ」
素の能力が如何に高い人間がいたとしても、レベル1でレベル50の凡人には叶わないだろう。
「赤龍隊は使い捨ての突撃部隊。王都でそう呼ばれているのは入隊の敷居が低いからだ」
突然野太い声が俺とレイズの会話に割り込んできた。
声のした方を見ると、副長がこちらを見ていた。
「赤龍隊はその性質上どうしても隊員の死亡率が高い。その為、厳選していてはメンバーが集まらない。だが、誰でも入れるという訳にもいかん。その最低ラインが王都の学園の卒業なのだ。その卒業も決して低いハードルではないが、そこさえクリアすれば入隊できる。白龍隊や黒龍隊と比べれば遥かに容易だから、赤龍隊のレベルが低いと民衆は勘違いする」
「……実際には違うってのか?」
虚ろな瞳で見上げるレイズに、副長は頷く。
「本質を分かっている人間なら、赤龍隊を語る時は一つの線引きをする。それが──」
副長はグラスをテーブルに置き、俺を見た。
「──生き残っている期間。すなわち、赤龍隊に何年在籍したか……だ」
その言葉に、レイズは目を見開いた後に俺を見た。
「……あんた、さっき10年いたって言ったか?」
「言ったな」
「……ははっ!」
レイズは笑うとグラスの中身を一気に煽り、テーブルに強く置いた。
「あんたの師匠さ」
「師がどうした?」
俺のからの返答にレイズはニヤリと笑った。
「やっぱりそいつ人を見る目がねぇよ」
そう言って、グラスを掲げてお代わりを注文しようとして……そのままテーブルに突っ伏した。
思わずギョッとしたが、少ししたら寝息が聞こえてきたので、どうやら酔いつぶれてしまったようだ。
「色々と無礼で共感できん若造だが……」
グラスを口にして副長が語る。
「その意見だけは同感だ」
喉を鳴らした後に俺を見る瞳は、先程のレイズとよく似ていた。
「アレクセイ」
そして、アリーシャさんと楽しく会話していたと思っていた隊長も声を掛けてくる。
「今回の入隊。確かにボスの言いつけがきっかけだった。だが──」
グラスを掲げ、隊長はニヤリと笑う。
「──お前がこの隊に入ってきてくれてよかった。俺は心底そう思っている」
そして、隊長が掲げたグラスに副長がカチンと自分のグラスを当てたので、何となく俺もグラスを当て、3人一緒にグラスを開ける。
飲み終わると、何となく胸につっかえた物が少し軽くなった気がした。
しかし……。
「ありがとうございます。……ところで、この潰れた青年はどうすれば?」
「放っておいていいぞ。幸運にもここは宿屋だ」
「いつもの事だ。どうせ明日には平然と出勤してくる」
そうか……。
何となくレイズがこの店の常連である理由が分かった。




