02 退職
あの後負傷した部下が何とか動けるようになったタイミングで王都にある赤龍隊の宿舎に戻ると、直ぐに向かったのは赤龍隊の隊長室だった。
目的は退役の意思を伝える為と、その許可を取る為だ。
その理由でもある手紙を胸に忍ばせ、許可を取ると入室する。
一目見ただけで高級だとわかる調度品が溢れたあまり趣味の良いと言えない部屋。他の隊……白龍隊や黒龍隊の隊長室を見た事は無いが、皆こんな部屋なのだろうか。まあ、部屋の主は例外なく貴族なのだから大差はないだろう。
「要件はなんだ?」
執務机の向こうから机上の書類を読みながら声を掛けてきたのは我が赤龍隊の最高責任者である隊長ストラッド・ライエル殿だ。
「は。この度退役し、故郷に帰る事にしたのでその許可をいただきにまいりました」
「……ふむ」
背筋を伸ばし要件を伝えた俺に、隊長殿はようやく顔をあげると金色の瞳を俺に向けた。
「理由は? 引き止める訳ではないが一応聞いておこう」
高い確率で引き止められると思っていただけに意外な言葉だ。
勿論、素直に退役させてくれるならそれに越したことはないから大歓迎だが。
「故郷の母が危篤である……と、知人から手紙が届きました。しかしながら実際に手紙が出されたのは2年前の様で、現状がわかりかねます。どのみち確認の為に一度帰郷しなければなりません」
「ふん。確認に戻りたいが期限が足りないという事か。次の任務迄の猶予期間は2日。我が赤龍隊の隊律では負傷以外の任務放棄は強制的に除隊となる」
「その通りです」
実際には違うが都合がいいので利用させてもらおう。
「自己都合の退役ならば退職金も支払われるからな。気に入らんが許可はだしてやろう」
「ありがとうございます。しかし、よろしいのでしょうか? 今回の件で人員的に厳しいのでは」
正直、今回の責任を取らされる位は考えていた。白龍隊の隊士が正確な報告をしているとは思えないからだ。
だが、そんな俺の言葉に隊長殿は笑い声をあげた。
「ははは! 何だ? 引き止められなくて不服か? 本来ならば退役する貴様が気にする事ではないと一蹴してやる所だが、笑わせてくれた礼に答えてやろう。次の任務は貴様の打ち漏らしの掃除だし、もうじき魔術学園から補充品である肉壁が大量に“入荷”する。ベテランである貴様が抜けるのは少々痛いが、精々一月ほどの期間だ。問題はない」
ああ。もうそんな時期だったか。日々自分の生死の心配ばかりで忘れていた。
「そうでしたか。では、私はこれで失礼します」
「うむ。さっさと出ていけ。いや、少し待て」
シッシと手を振って俺を追い出す仕草を見せた隊長殿だったが、何かを思い出したのか、机の上から先程迄読んでいたものだろう。書類と何かの箱を手に取って俺に向かって差し出した。
「上からだ。持っていけ」
「上から……? 宮廷魔術師隊総隊長殿でしょうか?」
王都には三つの魔術師隊があるが、その総括をしているのが宮廷魔術師隊総隊長の役職を持つ魔術師だ。当然、俺はあった事はない。
「さあな。どうせ辞める貴様には関係のない事だ。記念品だとでも思って貰っておけ」
「は。頂戴いたします」
書類と箱を受け取る。
箱は何かしらの金属が入っているのだろうか? 大きさの割には重みがあった。
「では、失礼いたします。長い間お世話になりました」
「ああ。さっさと帰れ。死なずにここを抜けられたんだ。精々故郷で自慢でもするんだな」
既にこちらに興味を失った隊長殿に一礼し、退室する。
これでここでやるべき事は残るは脱退手続きだけだ。
隊長室に背を向けると、事務局に向かって足を向けた。