27 いってきます
今日で宿を利用する事は無くなる。
もしもここの魔術師隊を辞めたらまたお世話になる可能性も無い訳ではないが……一旦はもう終わりだ。
だからだろう。
出発する俺を送り出すように、マーモットさんとアリーシャさんが見送りに出てくれた。
……ナターシャはいない。結局、あれからナターシャと会話をする事は無かった。
「しっかりやれよ。まあ、ダメだったらまた戻ってくりゃいい」
「頑張ってね」
「ありがとうございます。この町の治安維持に貢献できるよう全力を尽くします」
荷物を持ち、頭を下げた俺の頭に、ゴツイ拳が軽く当たる。
「そんな気負わなくていいんだよ。今はあの時と違って力のあるやつが沢山いる。これまで苦労してきた分息抜きのつもりでやればいい」
顔を上げると苦笑したマーモットさんとクスクス笑うアリーシャさんの表情が見えた。
「それでいいんですかね?」
「それでいい。俺が言うべき人間じゃないのはわかってるが、お前が何かある時に“やる”奴だってのは最初の夜でわかってる。普段は適当にサボってろよ」
それで査定が下がったらこの人責任取れるのかね……。
まあ、そういう気概でやれって事と受け取ろう。
「それにしても……」
荷物を持ち直して、出発しようとした俺の耳に、不機嫌そうなマーモットさんの声が聞こえてくる。
「あいつは何をやってるんだ。アレクが出ていくって言うのに」
「声はかけたんだけどね……」
多分、ナターシャの事を言っているのだろう。
腕を組んだマーモットさんの腕を触りながら、アリーシャさんが困ったように眉尻を下げる。
「『私からは会えない』の一点張りでね。何かあったんだと思うけど、あの子頑固だから……」
言いつつ、此方を見たアリーシャさんの言葉で最後にナターシャとした会話を思い出す。
……言ってたな。自分からは会わないって。ついでに、用事がある時は俺から訪ねろって。思い起こせば、あの後一度も会いに行かなかった。
「……すみません。出かけるのはナターシャに声を掛けてからでもいいですか?」
俺の言葉に、アリーシャさんが微笑む。もしかしたら、何となく何があったのか察しているのかもしれない。
「勿論。会ってあげて」
「何だか知らんが勝手にすりゃいいだろう。ただ、こっちももう仕事に入るからここで別れだがな」
「ありがとうございます。お元気で」
「おう。頑張れよ」
「頑張ってね」
別れの言葉の後に厨房に入っていく二人の背中を見送った後、俺は住居空間に足を踏み入れる。
ここに来てから入った事のない場所ではあるが、どこの部屋にいるかは聞いていた。
廊下を進み、一番手前のドア。ここがナターシャの自室の筈だ。
ノックをする。
暫く待つかもしれないと思っていたが、意外にもすぐに返事が返ってきた。
『誰?』
「俺だ。アレクセイだ」
扉の向こうから聞こえた声に答えると、扉がキィ……と少しだけ開いた。
そこから見える顔は2日ぶりに見る妹分のものだった。
「何か用?」
「ああ。宿を出る事になったんでな。最後の挨拶だ」
「……最後……」
俺の言葉にナターシャは少しだけ悲しそうな表情を浮かべたが、直ぐに決意の籠った表情になるとドアを開けた。
だが、部屋からは出ない。俺を入るように促す事もしない。
「魔術師隊に入る事になったって聞いた」
「ああ。そうだ」
「……また、軍隊なんだね」
「そうだな。でも、俺にはこれしか出来ない」
実際にはやった事が無いだけだが、未経験の職種よりも経験したことがある方が良いと思う。
それがたまたま軍隊だっただけだ。
「危ない事、する?」
「どうだろうな。ただ、町に危険が及ぶような事があればするだろう」
「だよね……」
15年前の襲撃の様な事があれば、俺は躊躇いなく飛び込むだろう。
「……本当はお守りとか渡したかったんだ。でも、きっとお兄ちゃんは受け取らないよね?」
「今は、そうだな。この先の事は何とも言えないが」
ミーシャの事がある限りは無理だ。
現に、ナターシャは今もミーシャを切り捨てていない。
「うん。わかってる。だから、物は渡さない代わりに、言葉を渡す事にするよ」
「言葉?」
戸惑う俺に、ナターシャは両手を握り、祈る様な姿で俺を見上げた。
「サリィさんがいなくなって、お姉ちゃんとはあんな事になって……。お兄ちゃんはもうこの町で帰る場所は無いと思ってるかもしれない。でもね、お兄ちゃんの帰る場所はここにあるよ。今は私の事を信じられないかもしれないけど、それでも、私はどんな時でもお兄ちゃんの味方でいるから。だから、いつでもここに帰ってきてね。私は、最後だなんて、お別れだなんて言わないよ」
そして、ようやく2日前の様な笑顔を見せる。
「いってらっしゃい」
「……ああ。いってきます」
俺も笑顔で手を振って、手を振り返すナターシャに背を向ける。
さて、新たな職場に行ってくるとしますか。




