01 故郷からの報せ
「生き残りはたったの2人か」
最前線の簡易拠点。
人の気配が殆ど無くなった人工物の1つであるテントの中で座って休息を取っていた俺に聞こえてきたのは、失望とも確認ともとれる無機質な声色。
正直答えるのも億劫だったが、相手が相手なだけに答えないわけにもいかない。
「申し訳ありません。処分があるなら王都に戻った後にいくらでも」
「ふん。別に貴様を責めているわけではない」
正直に言うと、解雇にでもなるのなら大歓迎だったが、どうにも叱責の為にここに来たわけではないらしい。
声の主は俺の正面の床に転がっていた箱を蹴飛ばして転がすと、その箱に腰を下ろす。丁度対面に座る形になったが、椅子に座っている此方からすれば少し見下ろす様な形になる為居心地はあまり良くなかった。
「多くの犠牲は出したが、結果的に貴様は魔獣の大群を一掃し、周辺地域の危機回避に貢献した。流石は“白い惨劇”と呼ばれるだけの事はある」
「…………どうも」
大嫌いな二つ名だった。
因みに、それは俺の使う戦術級詠唱魔術の世間一般で言う所の正式名称でもあるらしい。ふざけているな。それが嫌だから開発者本人が「ライトニング・メテオ」という名前を付けているというのに。こっちの名前はちっとも広がらない。
「今日の要件はお褒めの言葉を態々?」
だとしたら相当暇人だ。
「まさか。何故私が貴様ら如き使い捨ての駒にその程度で会いに来る必要がある?」
無いだろう。だから要件を言えと遠回しに言ったつもりだったが上手く伝わらなかったようだ。それとも、伝わっていて尚、すっとぼけているのか。
「助っ人と、届け物だ。本来、このような雑用など私がするものでは無いのだが、我が白竜魔術師隊隊長、リグレット様直々の頼みだったのでね。感謝するように」
「白竜隊の隊長リグレット……」
差し出された封筒に手を掛け、受け取ろうとしたのだが、届けに来たという相手の魔術師が手を離さない為受け取れない。
不思議に思い顔をあげると、真っ赤な魔力を纏った男の視線とぶつかった。
「リグレット様だ。肉壁の分際で無礼だと思わんのか?」
「……失礼しました。リグレット様からの手紙。確かに受け取りました」
「ふん」
頭を下げた所でようやく指を離す魔術師の男。だが、まとわりついた魔力は赤いままだから、怒りは収まってはいないのだろう。
「本来であればこの場で殺してしまっても問題ないレベルの失態だが、此度の功績の大きさゆえに見逃してやる。助太刀の必要は無かったとも伝えてやるし、治療師も置いて行ってやろう」
「助かります」
これは本音。この場所では治療の得意な魔術師でさえも大事な戦力だ。そして、その魔術師も含めてほぼ全滅と言っていい状況である。
これのどこが功績なのかは俺には理解できないが、助けてくれるならお礼は言うべきだ。
「かまわんさ。このどうしようも無い掃き溜めの様な部隊において、貴様は数少ないマシな部類の魔術師だからな。今後も同様の働きを期待する」
言って、箱から腰を上げる魔術師を、座ったままに目を向ける。
本来ならば立って見送るべきだろうが、残念ながらそこまでの力が残っていなかった。
尻の埃を払い、俺の様子を暫く見降ろしていた白竜隊の魔術師は、少し考えた後に気が付いたように懐に手を入れると、俺に向かって一本の瓶を放り投げた。
「魔力切れで立てないならそう言え。立って見送りも出来ない程礼儀を忘れたのかと思ったぞ」
「失礼しました。上官に物乞いする事の方が失礼かと思ったもので」
言いながら蓋を開けるとビンの中身を飲み干す。苦みの強い液体が喉を通り過ぎる感覚があり、じきに体の重さが和らいだので、多少のけだるさはあったが立ち上がった。
「貴様の部隊はマナポーションの在庫も無いのか」
「あったのですが、今回の襲撃で使い切ってしまいました。どちらにせよ一度戻る必要はあったかと」
流石に資材が無ければ無理だ。人員も使い切ってしまった。
「そうか。ならば、共に戻るか? 死ぬほど嫌だが、護衛も兼ねて同行してやっても良いぞ?」
それはこちらが死んでも嫌だ。
「いえ。流石に重傷を負っている部下を無理には動かせません。治療が終わり次第後を追う事に致します」
「そうか。では、私は帰るとしよう。報告は任せておけ」
「よろしくお願いいたします」
頭を下げる俺に一瞥くれると、テントを出ていく白竜隊の魔術師。多分、本来ない筈の自分達の功績も上乗せして報告するつもりなのだろうが、それ位は構わない。いつもの事だし、治療師を置いて行ってくれただけあの男は白竜隊の魔術師ではマシな部類だ。
それはいい。問題は──。
「これは何だ? 手紙のように見えるが……」
白い紙を折りたたんだ封筒に見える。
最初はリグレット様からの手紙かと思ったが、それにしては紙質が悪い。少なくとも、彼女はこんな粗末な紙を使って手紙は寄越さないだろう。
誰からだろうかとひっくり返す。すると、そこには名前が書かれていた。もっと言えば、名前しか書かれていなかったのだが。
「……ミーシャ……?」
何故、15年前に飛び出した故郷の友人の名前が書いてあるんだ?