16 一度敵になった奴は永遠に敵だ
王都の学園に入る前の事を説明しろ……か。
だが、個人的には最初に出した手紙でその辺りの説明はしたはずだった。
「この町を逃げた理由か。それは最初の手紙に書いたはずだ」
「ふーん。あれが真実?」
ミーシャはそう言うと立ち上がり、部屋の奥にあった棚から一つ木箱を持ってきてテーブルの上に置いた。
開けるとそこには手紙の束が入っており、その一番下の封筒を取り出す。
多分、当時俺が出した手紙だろう。
と、その他にもう一通の封筒も出した。それは見た事の無い封筒だった。
「こっちは貴方。アレクセイからの手紙。王都の学園に入学する事になりました。黙って出て行ってごめんなさい。こっちで頑張ったら帰ります。ってふざけた内容が書いてある。まあ、これはいいわ。問題はこっち」
ふざけた内容かな……。
それはそれとして、ミーシャはもう一通の手紙を俺に向けて軽く放った。
俺はそれを受け取るとミーシャを見る。
ミーシャは真顔だった。
「何その反応。まるで初めて見た手紙みたいじゃない」
「みたいも何も初めてだ。これは誰からの手紙だ?」
俺の返答にミーシャはため息を吐く。
「じゃあ、読めば。それ位は待っています」
「……ありがとう」
手紙を開けて読み始めると、直ぐに誰からの手紙なのかがわかった。
これは俺の王都での後見人であり、俺をこの町から連れ出した当時の黒龍隊の隊員からの手紙だった。
「……馬鹿な……」
手紙の内容は俺からすれば信じられない事ばかりだった。
俺には魔術に対して類まれなる才能がある事。
そんな俺に王都の魔術学園に行きたいと懇願されて断れなかった事。
ついては、学園生活を送る為の王都の滞在費と、学園の諸費用を送ってくれ……と言う内容だった。
「俺は知らない。確かに俺自身金は払っていなかったが、それは奨学金を使うって……現に、俺はミレーヌさんに奨学金の返済をしてるんだぞ」
ミレーヌとは俺の後見人である黒龍隊の隊士の名前だ。彼女が王都での俺の後見人であり、俺の母親代わりだった。
最も、北方戦線の時に戦死してしまった為に今はいないが。
「それに、王都に行った理由も違う。俺はあの時の事件で死にかけて、意識が無い状態で運ばれたんだ。意識を取り戻した時は王都に向かう馬車の中で、ミレーヌさんは治療の為に王都に向かうと……母さんにも領主様にも了承は得ていると言っていた」
そもそも、あの時の俺に選択肢なんて無かった。
朦朧とした意識の中でミレーヌさんの回復魔術で何とか命を繋いでいる状態だった。
逆に言えば、彼女がいなければ俺はあの戦場で死んでいただろう。
「ふーん。証拠はある?」
「ない。だから、俺の話を信じてもらえないならもうどうしようもない」
ミレーヌさんからの手紙を返しながら答えた俺の言葉に彼女は少しだけ考える仕草をすると……グシャッと、受け取った手紙を握りつぶした。
「まあ、信じましょう。その後に続く能天気なあなたの手紙を見ていれば知らなかったのもわかるから」
能天気だっただろうか……。いや、高額な学園からの費用と滞在費を請求されているというのに、のほほんと学園生活についての手紙を出していたのだから能天気だっただろう。受け取る側からしてみれば。
「話を整理すると、あなたはあの時の事件で死にかけた。それをその女魔術師が治療をする名目で誘拐。当の本人はそれに気が付かずにのんきに学校に通っていて、その後はこの町にも帰らずに今に至る。という事でいいかしら?」
「概ね間違いないな」
本当は訂正したい部分はあるが、対人関係に置いて悪印象を抱かせない、極力敵対しないというのはこれまでの生き方で学んだ俺の処世術だ。
たとえ少しでも相手に敵対心を植え付けてしまうと、いつ戦場で背中を打たれるか分かったものではないからだ。
だから、俺は相手の言い分は極力聞くようにしていた。
「……そう。じゃあ、そのお金を捻出するためにお母さんがこれまで無理をし続けてきた事も理解できるよね?」
「今なら理解出来るな」
家を売ったと聞いた時は耳を疑ったが、こういう理由があったわけだ。
しかも、細かい状況は知らないが、両親をあの事件で失ったというミーシャと共に暮らしていたのなら、なおさら金銭的な苦労は大きかっただろう。
「そう。理解出来るんだ。それじゃあ聞くけど、あなたからの手紙が初めて届いたのがあの事件から大体半年後の事だった。それまで、あなたはずっと行方不明だったんだけど、その間お母さんはどうしていたと思う?」
……何?
「俺の手紙が最初? ミレーヌさんからの手紙は?」
「同時に来たわね。多分、あなたが手紙を出すって言うから、ついでに出したんじゃないの?」
……あの女……。
脳裏に浮かぶのは不敵な笑みを浮かべる黒髪の魔術師。
「大変だったわ。魔術師隊として戦場に出た筈の貴方がいない。現場は魔獣と住民の死体に溢れて区別がつかない状態だったって言うし。別の部隊に配属されていたお母さんは戦闘終了後もずっとあなたを探してた。絶対に生きてるって。……自分もケガを負って大変な状態だったのに。碌な治療もせずに半年間毎日毎日朝も昼も夜も探し続けてたわ。私がどんなに止めてって言っても『大丈夫』って。それで、ようやくあなたの生存がわかって。クソみたいな手紙も一緒に来たけど、それでもお母さんは喜んでた。でも……でもね? その頃にはもう、お母さんの体は限界だったのよ」
ミーシャの表情は変わらない。
でも、瞳に暗い影を落とし、涙を流さずに泣いているようにも見えた。
隣のナターシャも膝の上で拳を握り、俯いている。
その頃ナターシャはまだ幼かったから人づてに聞いた内容しか知らない筈だが、それでも知り合いが沢山死んだのは体験したのだから当然だった。
「それから10年以上生きられたのは、お母さんの高い魔力のお陰。それでも、最後の数年は起き上がる事も出来なくなって、でもお金の請求はどんどん来るし……。それが、3年位前に突然請求が止まったの。どうしてかわからないけど、それを聞こうとしてもあなたは返事を寄越さないし……。お母さんも……それにホッとしたのかそこからは早かった」
3年前。北方戦線でミレーヌさんが戦死したから……か。まさか、こんな事になっているとはな。
正直、ミーシャが俺を人殺しと呼ぶ理由もわかった。
納得も、共感も出来ないけれど。
「すまなかった」
「別にいい。さっきも言ったけど、もう私とあなたは何の関係もない人間同士だから。今後この町に住むって言うなら好きにすればいいと思うけど、私とは関わり合いにならないで」
「わかった。失礼する」
俺は立ち上がる。
これはお互い最善の選択だった。何しろ、彼女は俺に対して敵意を持ってしまった。
こうなったら自分自身の身を守る為にもこいつと関わり合いになる訳にはいかない。
「お兄ちゃん!?」
退室しようとする俺の背中にナターシャの声が響く。
来るな。
そのままミーシャの傍にいてやってくれ。
しかし、そんな俺の願いとは裏腹に、俺を追いかけて来たであろうナターシャの足音が近づいてくる。
扉を開け、外に出る。
足が敷居をまたいだ瞬間、背後の殺気が増したような気がした。