14 知らない女
次の日。俺は朝ナターシャと合流すると、ミーシャの家に案内してもらう事になった。
15年ぶりに歩く故郷は記憶にない街並みな事もあり、全く懐かしさは感じなかった。
「それにしても、随分と変わっちまったな」
「そうでしょ。多分、これから行く場所はもっとびっくりするんじゃないかな」
ミーシャの家か。びっくりすると言うのが良い意味なのか悪い意味なのかは分からないが、あえて深くは聞かずにナターシャの導きに従って歩く。
宿のあった場所は所謂繁華街だったのだろう。歩いている内に徐々に景色が変わっていき、今では住宅地と思われる場所になっていた。
「用途に合わせて町を整理したって感じか……」
「うん。この町に住んでいる人は町の中心に近い場所。お金をたくさん持っていたり、偉い人ほど中心になるみたい」
「みたいって。他人事だな」
「行った事ないしね」
実際、住宅地に入ってからは淵に沿うように歩いている。
中心に目を向けると確かに立派な家が見えたし、この町に来る時に見た大きな建物……恐らく領主の館も見える。
「住宅地を中心に据えたのは外敵から市民を守る為か」
「それはそう。15年前の事件の教訓だって」
僅かに声を落としたナターシャの返事。
15年前の事件は俺がこの町を出る切欠になった出来事だ。そのせいで嫌な気分になったのか、それともその事件自体を嫌悪しているのか。もしかしたら両方かもしれない。
ただ、これでこの町が急速に変化した理由も何となく察した。
この町が変化したのは15年前の悲劇を繰り返さない為だったのだ。
「ついたよ。ここ」
「…………ここ?」
考え事をしている内に目的地に着いたらしい。
しかし、声に合わせて視線を向けた先にあったのは、周りの家から比べてもみすぼらしい掘っ立て小屋だった。
「本当にここにミーシャが? あいつって結構いい所のお嬢さんじゃなかったっけ?」
少なくとも、そう記憶していた。
しかし、ナターシャは俺の問いには答えず、黙って玄関まで歩くと扉を叩く。
「お姉ちゃんいる? 私だよ。ナターシャ」
扉に向かって掛けられた声からどれくらいたっただろう。
少なくとも、留守なのでは? と、思う位の時間がたった頃にようやく「キィ……」と音を立てて扉が開いた。
そのスペースは顔が一つようやく出せる程度のもので、その隙間から見えたのは目の淵が窪んだボサボサ頭の目つきの悪い女だった。
…………誰だこいつは?
いや、本当は誰だか予想は付いている。
だが、心が強烈に別の答えを要求していた。
「おはよう。お姉ちゃん」
「……その人は……」
ナターシャの挨拶を無視するように俺に目を向ける女。
最初は訝し気に。しかし、次第に瞳孔が開き、怒りと敵意の混じった“憎しみ”の感情を彩った赤黒い魔力をあたりに振りまき──扉が閉まった。
「……名乗る暇さえ無かったな」
「……うん。予想はしてたけどね」
……予想はしてたか。
まあ、マーモットさんの態度を見る感じではもっとミーシャと繋がりが深いだろうナターシャの方が想像が容易いのは当たり前か。
それでも、ナターシャは俺とミーシャを会わせると言った。一応は会わせる自信はあるのだろう。
「お姉ちゃん。気持ちはわかるけど落ち着い……落ち着かなくてもいいけど。言い訳位は聞いてもいいんじゃないかな。お兄ちゃんにも理由はあったみたいだよ」
むしろ理由しかないのに言い訳とか。いまいち納得してるのかどうなのか分からないんだよな。この子は。魔力を見ても特に怒っているわけでもなさそうだから悪気は無いんだろうけど。
声を掛けてからさっきよりも長い時間が流れる。
正直、俺はもう駄目なんじゃないかと思っているのだけど、ナターシャは全く動かずに扉の前に立っている。
落ち着きの無かった昔とは大違いで、これだけでも随分成長したのだと改めて思った。
すると──
「…………」
扉が開き、さっき扉から顔を出していた女が出てくる。
さっきはよく見れなかったが、服も随分とくたびれてみすぼらしい……いや、あの服には見覚えがある。まさか、母さんのか?
「……入って」
それだけ言うと、女は小屋の中に戻っていく。
しかし、扉は開けたままだったから一応入室の許可は出たのだろう。
「行こ。お兄ちゃん」
躊躇っていた俺の手を取り、見上げてくるナターシャに頷く。
確かにこれはマーモットさんの言う通り、難しいなんてものじゃなさそうだ。




