12 資質を受け継いだ親不孝者
少し長め
宛がわれた部屋に入ると、真っすぐベッドに向かって横になる。
荷物の整理や着替え等やるべき事はある筈なのに、どうにもやる気が失せてしまった。
マーモットさんが現れた後、直ぐに部屋に飛び込んできたアリーシャさんがその場を収め、マーモットさんを部屋から連れ出してしまった。
ただ、そんな事があったものだから改めて和やかに食事を……という雰囲気にはならなかったので、明日の約束をナターシャとして解散となった。
その時に荷物に関しては宿泊の手続きをする際に受付に置いてきた。
正直今日はそんな気分ではなくなってしまったし、この宿屋なら特に盗難の恐れも無いだろうし問題ない。もしも盗賊が宿屋に侵入したとしてもマーモットさんの拳の餌食になるだけだ。
「……痛かったな……」
頭を摩ると殴られた場所が瘤になっていた。
だが、あの人が本気で殴ったらこんなもんじゃすまない筈だから、相当に手加減した筈だ。
それこそ、部屋に入ってきた直後の勢いで来られたら命の危険すらあったのではと思う。
そうなったら俺も反射的に反撃してしまっただろうし、この宿屋がこの町から消えていた可能性がある訳だけど。
「けど、怒りは直ぐに霧散した」
何故?
直後に飛び込んできたアリーシャさんの表情から、こちらに向かう頃にはその可能性が高かったはずだ。そう思ったからこそ危険を承知でアリーシャさんは追いかけてきたのだろうし。
……考えてもしょうがないか。
寝返りを打ち、壁を見る。
ここ何年も体験した事もないような上等なベッドのように感じるが、多分、普通の宿屋の普通のグレードに過ぎないのだろう。赤龍隊の寮に備え付けてあったものが粗末な物だったのだと気が付かされる。いや、薄々感づいてはいた。考えないようにしていただけだ。
そんな事を考えていると、部屋のドアが誰かのノックだろう。ゴンゴンとなった。
……うん。音だけで誰がノックしたのかわかるのだけど。
「どなたですか?」
「……俺だ。今大丈夫か?」
案の定マーモットさんだった。流石に他の2名だったらもっと軽い音の筈だからな。
「かまいませんよ。ドアは開いてるのでどうぞ」
「邪魔するぞ」
起き上がり、ベッドに腰かけると扉が開き先程よりもラフな格好をしたマーモットさんが何やらビンとコップを持って入ってきた。
仕事はもう終わったのだろう。
「何か御用ですか?」
「いや。少し話でもと思ってな。それよりもさっきはすまなかった。痛かっただろう?」
思わず頭を触ってしまった俺に背を向け、マーモットさんはベッドの傍まで部屋に備え付けてあったテーブルを持ってきた。
片手でだ。もう片方の手はビンとコップが収まっているから仕方ないね。
「いえ。それほどでは。これでも王都の軍隊に居ましたから」
「魔術師隊だろう? ナターシャから聞いている」
いきなり暴力を振るった父親に食いつく娘の姿が目に浮かぶな……。
「では、一番の要件は謝罪って事ですか?」
「いや、それはついでだ。あの2人がいては話せなかった事もあるんじゃないかと思ってな」
そう言って、マーモットさんはテーブルにビンを置き、自身と俺の前にコップを置いた。
それよりも、殴った事に関しては罪悪感なさそうだな。
「もう飲めるだろう?」
「まあ……。そういう機会は無くはありませんでしたから」
かと言って沢山あったかと言えばそれほどでもない。酒が入ると感覚が鈍るからだ。
前世ではそれなりに飲んだ記憶はあるが、そもそも前世と今では体が違う。
「無くはない……か」
マーモットさんがコップに酒を注いてくれる。薄茶色の少し濁った酒だった。
続いて自身のコップにも注ぐと、ビンを置いてコップを掲げたので、俺もコップを手にして相手のコップに軽く当てた。
「…………」
「……ふう」
一口飲んだだけでそこそこ強い酒だとわかったが、そのまま半分ほど減らしてテーブルに置く。
対面のマーモットさんは一息で飲んでしまったようでコップに再び注いでいた。
「…………2人を守っていただろう」
僅かに出来た空白の時間に滑り込んできたのはマーモットさんの静かな声だった。
「……? 何の話ですか?」
「俺が部屋に踏み込んだ時だ。お前、あの時即時発動の魔術を展開していただろう?」
……ああ。構成が完成していた簡易魔術か。即時発動の魔術っていう程大層な物じゃないけど、直ぐに打てるようにしていたのは確かだ。
「まあ。準備してたのはそうですね」
「やはりか」
一人納得し、コップを煽る。そしてすぐに新たな酒を注ぐが、俺には言っている意味がわからない。
それよりも、魔術師でもないマーモットさんがそんな事がわかる事に驚いた。
「似ていた。そっくりだったよ」
「誰にです?」
「サリィだ。あいつの現役の頃と」
サリィは母さんの名前だ。そして、若い頃は魔術師だった。そもそも俺が魔術に興味を持ったのは母さんの影響が強かったからだし、俺が他人の魔力の色を認識できるようになったのは母さんからの特訓の賜物だった。
……実は、これが出来る人が殆どいない奇特な能力だという事を知ったのは王都の魔術学園に行ってからで、相当スパルタな人だったというのもその時に知った。最も、そのおかげで今こうして生きているわけで、迷惑だとは思っていないが。
「現役の頃の母さんですか……。マーモットさんってその頃から母さんの事を知ってたんですね」
「幼馴染だ。あいつと俺は」
それは知らなかった。
でも、俺が小さな頃はもっと小さな町だったし、同じ町出身ならそう珍しくも無いか。
「なら、仲が良かったんでしょうね」
俺が物心ついた頃はあまり絡んでるのを見たことないけど。
「そうだな。少なくとも俺はそう思っていたな」
コップの中身を一気に飲み干してマーモットさんは言うが、その言い方だと少し違うのかもしれない。
「珍しい話じゃない。あいつは美人だったし、言い寄る男も多かった。そういう輩を俺は良く追い払ってたんだが、それに関してあいつは特に何も言っては来なかった。そうなりゃ、普通はこっちに気があるもんだと思わんか?」
あれ? もしかして少し酔ってきてる?
マーモットさんはコップに新しい酒を注ぐと、直ぐに飲み干してこちらを見てくる。
「……そんなあいつが一度だけ。一度だけ俺に向かって魔術を向けた事があったのさ。勿論、打たれたわけじゃあない。杖に手を掛けて、いつでも打てる状態で俺を睨みつけてきた。……その背後の男を庇うように……な」
……あー……。
成程。それはきついな。
「えーっと。答えたくなければ別にいいんですが……。その男って……」
「お前の親父だ」
ダンッと、テーブルにコップを置くと、ビンを傾ける。
が、中身は数滴のみでもはや空だった。
マーモットさんはため息を吐くと背もたれに背を預けた。
「……その姿が……そっくりだったんだよ。今日のお前と……あいつ……若い頃のサリィが……」
それが怒りが霧散した理由か……。
まあ、昔好きだった人に似ている奴に本気で殴りかかれんか。
「最初は本気でぶん殴ってやろうと思った。あいつをたった一人で死なせたお前が憎くて溜まらなかったから」
いや、その腕で本気でやられたら死にますね。
と言うか、まさか今でも母さんの事好きとか無いよね? アリーシャさんに聞かれたらまずくない?
「だが、さっきのお前を見て思ったよ。サリィは生きてるんだな……今も、お前の中で」
…………。
「そうなんですかね……」
「ああ。ずっとあいつを見てきた俺が言うんだ。間違いない」
「親の死に目に立ち会えなかった親不孝者ですがね」
「それはそうだ。ナターシャから話を聞いたが、それでも親不孝者なのは変わらない。その十字架は一生背負え」
いや、重すぎるだろ。愛が。
「だが」
マーモットさんは顔を上げる。しっかりとした目だ。少なくとも酔った人間の目ではない。
「資質は確実に受け継いでいる。胸を張れ」
現役の頃の母さんはこの辺りでは有名な魔術師だったらしい。
俺を産んでからは引退してしまったけれど、俺が町を飛び出す頃は当時の母さんの事を口にする人もまだ多かった。
そんな魔術師の子供なのだ。それが一番の遺産だと考えよう。
「はい」
「いい返事だ。だがなアレク──」
俺の肩に手を置いて、口角を上げたマーモットさん。
だけど、なんだか握る力強すぎない?
「──次にナターシャを泣かせたら今度こそ殺す」
「……はい」
どうやら、さっき部屋に殴り込みに来た理由は母さんの事だけでは無かったようだ……。




