11 懐かしい痛み
「そうか……最後は笑って逝けたんだな……」
最初は懐かしい、それでいて楽しい思い出話をしていた俺達だったが、料理も一通り揃ってお互いの近況を報告するにあたって母さんの最期を知る。
「うん。お兄ちゃんが結局帰って来なかった事にお姉ちゃんが物凄く怒ってたけど、おばちゃん笑いながら『いいのよ』って……。『あの子にはあの子にしか出来ない事をやってるの』って言ってた」
俯いたナターシャが目の前のハンバーグにフォークを刺す。暗に私も怒ってますという事を態度で示したのかと思ったが、魔力の色は水色……悲しみの色をたたえたままだから今現在ではそこまででも無いのだろう。
「そこに関してはさっき説明した通りだが、お前達からしたらそうなるよな。ごめん」
「ううん。理由を知ったし、仕方ないと思うからもういいよ」
顔を上げたナターシャが俺を見る。
少しだけ赤くなった瞳が心を抉るが、あえて触れずに話を促す。
「それ以外に母さんは俺に対して何か言ってなかったか?」
「うーん……。普段身の回りのお世話をしてたのはお姉ちゃんだから……。多分、お姉ちゃんなら一杯聞いてるんじゃないかな」
想像していた通りの返答。
結局、そこにいきつくよな。
思わず溜息を吐きたくなるが、ここで逃げていてはこの町で生活していく事は出来ないだろう。
「……ミーシャに会うしかない……か」
既に1日置いてしまったし、物凄く怒っていたらしいから気が引けるが、手紙を受け取った時からこれはきっと避けられない事だったのだろう。
「だったら、私が案内してあげる。今のお兄ちゃんじゃ絶対迷子になっちゃうもんね」
スキンの予想通り勝手に案内役が生えてきた。
まあ、こういう子だ。昔の記憶が蘇ってきた今ならわかるが、今と昔では違う事も勿論ある。
「それは助かるが、店はいいのか?」
「何で? お母さんとお父さんがいるから平気だよ」
この緩さ。いいのか? それとも俺が毒されてるのか?
前世で社畜を経験し、今世でもそれ以上の地獄を味わった。休暇を取る=クビが平然とまかり通っていた場所に居たからこれが常識なのかどうかが判断できない。
「いいんじゃないか? 人の好意は素直に受け取るべきだ」
口元を拭きながらそういうスキンに、ナターシャも何度も頷く。
「そうそう。多分だけど、私が一緒に行かなかったらお兄ちゃんお姉ちゃんに家に入れて貰えないし、話も聞いてもらえないと思うよ」
「そんなにか?」
「うん。多分ビンタされると思う」
え?
「ビンタされるのか?」
「されるよ。一杯」
一杯!?
スキンを見るとまるで可哀そうな人を見るような視線を向けていた。
「反省しろ」
「お前そればっかりだな」
確かに、強引に飛び出したのは良くないとは思っているが、近況を知る状況に無かったのは仕方なくないか? いや、それは俺の言い分であって地元のみんなには関係ないか……。
「とりあえず、会ってすぐに土下座でもするか」
「蹴られなければいいね」
「そんなに狂暴だったか!?」
俺の中のミーシャの姿が音を立てて崩れる。
確かに怒る時は怒る子だったが、どちらかと言えば感情を内に込めるタイプだった筈だ。
そんな俺の顔が面白かったのか、対面のナターシャがケタケタ笑う。
「冗談、冗談。でも、それ位怒ってたって事だから…………反省して?」
「はい」
最後だけ真顔で言ったナターシャに頷いて、手元の水を一口飲む。
とは言え少し安心した。
帰ってくる時はミーシャの手紙の内容でしか状況を理解していなかった所に町と友人の変貌。
懐かれ、妹のように可愛がっていた食堂の娘からキレられと色々と気持ちがとっ散らかってしまったが、それでもこの空気感は変わっていなかった。
きっと、今この場では話していない──今の俺には話したくない事もあるのだろうが、表面上は昔馴染みとして扱ってくれる2人に感謝した。
──殺気?
「……お兄ちゃん?」
ナターシャの声に我に返る。
どうやら俺は立ち上がっていたらしく、右手が腰の剣の柄に。思考は簡易魔術の発動直前まで行っていた。
そんな俺の右手首をスキンが握って厳しい視線を俺に向けている。
俺が見ているのは出入り口である扉だ。
「……すまん。職業病だ」
「言っている意味が分からん。いいから武器から手を放して座れ」
スキンの言っている事はわかる。だが、感情がそれを拒絶する。
「そうしたいのは山々だが、扉の外に敵がいる」
「敵だと?」
俺の右手を握ったまま、スキンが振り返って扉を見る。
すると、ゆっくりと扉が開き、濃厚な赤。北方戦線で嫌と言う程見た血霧の様な空気が流れる。
現れたのは大男。
白い服にはち切れんばかりの筋肉。捲った事で見える腕は丸太のようで、俺の足よりもずっと太い。
怒りを越えた殺意を持っているのは魔力を見れば明らかだ。その男がぎょろりとした目でスキン、ナターシャを見た後に俺を見て──。
──赤の魔力が霧散して水色の魔力が噴き出した。
常に叩きつけられていた殺気が消えた事で俺の体は自由を取り戻し、柄に添えられていた右手が落ちる。
それによりスキンも俺の右手を離したが、視線は俺に向けたままだ。
何故だ? 何故、あそこまで強い怒りが深い悲しみに変化した?
混乱する俺をよそに大男が俺に近づいてくる。
だが、その間に次第に冷静になっていき、目の前の男が誰なのかを理解した。
さながら早押しクイズのように──
「マーモッ!!」
「……馬鹿者がぁ……」
俺の言葉は大男──ナターシャの父親、マーモットさんの拳骨に遮られる。
頭蓋に直接響いた痛みが悶絶レベルではあったが……なんだかとても懐かしい気がした。




