10 一応フォローしておいてやるか
「お久しぶりです。アリーシャさん」
立ち上がり、頭を下げた俺に目の前の女性──アリーシャさんが口元に掌を当てて小さく笑った。
「あら。あの子の話では私達の事をすっかり忘れてる人でなしって事だったけれど」
「まさか。ナターシャに関しては以前と変わりすぎていて思い出すのに時間がかかっただけです。それに比べてアリーシャさんは以前と全く変わりませんからね。当然ですよ」
実際には多少年齢相応の容姿にはなっていたが、誤差の様なものだ。どうにも、女性の方が男よりも容姿を保つことに優れているんだろう。
「……何故俺を見る?」
おっと。
思わずスキンを見てしまったが深い意味は無い。
そんな俺に向かってアリーシャさんはゆっくりと近づくと着席を促す。
「お世辞まで身に着けてるなんて、都会に行っていた人は違うわねぇ。それよりも、もうすぐナターシャが料理を持ってくると思うから、ちゃんと謝っておいてね?」
「それは勿論」
頷いた俺のタイミングに合わせる様に廊下を誰かが歩く音がする。
アリーシャさんが来た時にはそこまで音がしなかったからわざと音を立てているんだろう。どうも、怒りが収まるどころか増加しているようだ。
音が近づいた所でアリーシャさんがドアを開けると、外から両手に料理と飲み物が乗ったお盆を持ったナターシャが現れた。勿論、仏頂面である。
「お待たせしました」
「……ナターシャ。お客さんに対してその態度は何です?」
「……だって」
アリーシャさんの苦言にナターシャは一瞬バツの悪そうな顔を浮かべるも、直ぐにキツイ眼差しに戻る。
これは、謝らないと本当に先に進みそうもなかった。
「ごめんナターシャ。さっき見た時は君があまりにも成長していたからすぐに気が付かなかったんだ。この通り。許してくれ」
頭を下げた後にナターシャを見ると、少し困惑した表情を俺に向けていて、その後アリーシャさん、スキンの順に顔を向けた。
「私が来た時には思い出していたみたいよ?」
「君が立ち去った直ぐ後に思い出したようだな。俺も夫人も教えてはいない」
スキン、ナイスフォローだ。
二人の証言にようやくナターシャは俺がちゃんと思い出した事を理解したらしい。ハアーと気の抜けた様な声を出すと俺の対面に腰かけた。
「遅いよ馬鹿。寿命が縮んだかと思った」
「大げさだな」
「大げさじゃないよ。お姉ちゃんからお兄ちゃんは王都に行って変わったんだ、もう忘れなさいって言われてたから」
お姉ちゃん……ね。
「それよりもお前、そこに座ってていいのか? 仕事は?」
テーブルの上に並べられた料理を見るにまだ他にもありそうだし、何よりも食堂の営業はまだ終わっていない筈だ。
「えー。私今日はもうここに居る。お母さん後はよろしく」
いいのか、それで。
「全くこの子は……。それじゃあ、アレク君、スキン君。ゆっくりしていってね。ついでに娘の事もよろしくね」
どうやらいいらしい。
部屋から出ていく母に向かって満面の笑顔で手を振るナターシャ。
その無邪気な姿は確かに昔のナターシャを彷彿させた。
……それにしても、アレク君にお兄ちゃんか。随分と懐かしいフレーズを聞いた気がする。
そして、お姉ちゃん。
初日に色々あったから抜けていたけど、そこが一番問題だった。
ひょっとしたら順番を間違えた気がプンプンするが、面倒な事は明日考える事にした。




