プロローグ
「右側後方! 新たな集団が接近!」
もうどれくらい相手にしただろう。
既に数える事を止めてしまった位に相手にした魔力を宿した獣──魔獣──。その一頭でもある黒い体毛の狼の魔獣の顎を左手の剣で受け止め、右手で制御した簡易魔術で狼の後方で腕を振り上げていた、返り血を存分に浴びて血まみれの毛皮の熊の魔獣の頭部を破壊する。
後方の隊員からの声が耳に入ったのはそんな時だった。
思わず出かかった舌打ちをすんでで呑み込む。
「小隊長殿はどうした!! そちらは隊長殿が率いた部隊が当たった筈だ!!」
「戦死されました!!」
今度は咄嗟に出た舌打ちを抑える事は出来なかった。
その代わりに左手の剣を押し返しつつ魔力を込めると、狼の口を切り裂く為に動かすが、後方に逃げる事で回避される──所を、雷の属性を込めた簡易魔術で打ち抜いた。
その際、周辺で纏まっていた魔獣の塊がついでに余波で動けなくなった所を炎と土の属性を込めた簡易魔術を放り込む。
爆発し、あたりに魔獣の血肉が散らばった所で後方に下がった。
「あぶねーな! 周りにまだ俺らがいるだろうが!!」
「その程度で死ぬような奴は巻き込まれて死ねばいい!!」
文句を言ってきたのは古株──と言っても入隊して1年と少ししか経っていないが──の隊士だったが、それを乱暴に言い返す。
かつていた場所ならばパワハラだなんだとうるさかっただろうが、ここは戦場だ。自分の身は自分で守らなければそれ以上の人間が死ぬのだ。
「それが指揮官のセリフか!」
一時的に襲撃が収まった前方から、新たな魔獣の集団が迫りくる後方に目標を変えて簡易魔術を放つ古参の隊士。が、奴が何を言っているのか理解できない。
「誰が指揮官だ!」
「お前だ副長! 小隊長が死んだ以上この場の指揮官はお前だろうが小隊長代理!!」
言われてようやく思い出す。
クソ! だから大したことない役職でも役職何て嫌だったんだ!
「なら退却だ!! こんな状況やってられるか!!」
「どうやって!! 周りはもう魔獣のオンパレードだ!!」
「無理です副長!!」
最後の悲鳴は報告してきた隊士。恐らく元々は小隊長殿の部隊に配属されていた隊士だろう。
周りを見回すと既に生き残りは俺を含めて3人だけだった。
「クソがっ!! だったら今からお前が副長だ!! 今から周りの魔獣を一掃するから、お前はその間の時間稼ぎと、そこのひよっこを担いで走れ!!」
「だからどうやって!!」
「戦術級詠唱魔術を使う!! お前は俺の詠唱の間魔獣の接近を押さえろ!! 何なら、魔獣の群れに突っ込んで足を鈍らせるだけでいい!! 魔術が完成したら合図として一発簡易魔術を群れにぶち込むから、そうしたら死ぬ気で走れ!! 逃げ遅れても容赦なく巻き込んでやるからな!!」
「お前!! それが誇りある──」
「嫌だ!! 死にたくない!!」
文句を言いかけた古参の隊士だったが、パニックに陥って逃げた新人隊士の背を追うように走り出す。
向かった場所は魔獣共の群れの中では薄い場所だったが、あの新人ならばそこでもいい。
俺の視界の端には大きな群れに向かって簡易魔術を放っている古参の隊士の姿が見えたから。
「〇─●─〇─◎◎──」
詠唱を始める。
とは言ってもこの状況だ。正式な魔術詠唱は間に合わないからオリジナルの純粋詠唱しか道はない。そして、俺が扱える純粋詠唱──個人魔法は一つしかなかった。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
甲高い悲鳴が耳に届く。今ではもう聞き慣れた、不快な音が。
一つの命が消えた証明。しかし、別の場所では戦闘音が聞こえている。まだ間に合う。
戦闘音が聞こえる場所から少しずらして簡易魔術を放つ。
今度聞こえたのは魔獣の断末魔。赤い魔力──強烈な殺気──は、ほぼ全てが俺に向かって飛んでくるのが気配でわかった。
「うまくいったな。ついでに上手く逃げろよ!!」
叫び、右手を空に掲げる。
四方八方から赤い魔力が殺到する。
「ライトニング・メテオ!!」
トリガーを引いた瞬間上空に雷撃が奔り──刹那の間に辺りが真っ白に染まって音も消える。
この世界の中心にいる限り、俺の耳には魔獣の唸り声も仲間の断末魔も届かない。
ここでようやく俺は全身の脱力感と共に安どの息を吐き出した。