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05

「桐生さんも、そういったご経験はあるんですか」

「うん。あるよ」


 それにもまたあっさりと、桐生さんは答えてくれた。


「僕だけじゃなくて蒼くんもあると思うよ。十年も鬼狩りをやってたら、一度や二度、誰でも経験するんと違うかな。もちろん、そのすべてが良い方向に転がることはないけどね」

「……はい」

「それでも、僕らは続けていくし、フジコちゃんもそうするんやろう?」


 あたしははっと息を呑む。桐生さんは静かにあたしを見ていた。膝の上で手のひらを握りしめたまま、しっかり頭を振る。


「っ、はい」


 鬼狩りになりたかったのは、最初は憧れだった。今も憧れがある。けれど、遠かった憧れは、紅屋で過ごす中で身近になった。


「鬼狩りやなんやいうても、ただの人間やから。よくないことやとわかっていても、情が理性的な判断を上回ることもある。良かれと思ったことが悪手になることもある。いつまでもそれやとあかんけど。でも、まぁ。それが許されるのが、フジコちゃんたち研修生の特権やね」


 特権。あたしは心の中で繰り返した。


「上からの指示待ちだけやと、大きな失敗も後悔もせんかもしれんけど、成長もない。だから、フジコちゃんは今の環境にめいっぱい甘えて、フジコちゃんにとっての最善を考えたらええよ。それが『鬼狩り』として正しいのかどうかも」

「……はい」

「フジコちゃんのフォローくらい、僕も蒼くんも、いくらでもできるんやから」


「はい」と、あたしは溢れる感情を噛みしめて頷いた。

 いつか。この人たちみたいになれるだろうか。身近になったけれど、その分、とてつもなく遠くなったようにも思う。間違いなくこの国の最高峰の鬼狩りなのだ。

 でも、そこを目指して遮二無二がんばることができるのも、特権なのかもしれないな。研修生の。そして、幸運にも紅屋に配属されたあたしの。

 あたしを見つめていた桐生さんがにこりと笑って、空恐ろしいことを言った。


「じゃ、まぁ、折角やから、記憶の新しいうちに書類も作っとこうか」

「えぇ!?」

「明日もなにがあるかわからんしねぇ。というか、あ、フジコちゃんは明日休みか。ええなぁ」

「え? 休み? 金曜ですよね」


 眼を大きくしたあたしに、あれ、と桐生さんが首を傾げた。


「蒼くんに聞いとらん? 今日も時間外になったし、はじめての出動やったんやから、三連休にしてゆっくり休め、やって」


 聞いてないし。というか、明日も来るつもり満々だったし。今日の任務もだけれど、その前に月報。結局あたし終わってません。

 泣き言めいたあたしの訴えに、桐生さんは、「まぁ、ほぼほぼ出来てたから、月曜に蒼くんに判子貰ったらえぇんちゃう」と。こともなげに言って、任務報告書も面倒やからねぇ、と嫌な言葉を付け足した。


 ――そういえば、前も言ってたなぁ。桐生さん。任務がかさむと事務仕事的な意味でも地獄が始まるって。


「ほな、まぁ。気兼ねなく休むためにということで、今日のほうだけでもやっとこうか。文字にすると整理もできるし。それに、なかなか眠れんかもしれんしね」


 確かに疲れているけれど、あまり眠くはなかった。興奮の余韻が残っているのかもしれない。でも。

 時刻はあたしが事務所に入った時点で八時を指していた。桐生さんは残業する必要なんてないんじゃないだろうか。その証拠に、所長もいないし。ということは、たぶん、桐生さんに急ぎの仕事はないということで。


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