03
「ハヤギ・リュウトの処分について、ですって?」
仕事中に呼び止めたあたしを邪険にするでもなく、まなみさんは少し輪から離れたところで時間を割いてくれた。その腕のなかで、リュウくんは穏やかな顔で眠っている。
「そうね、明言はできないけれど、余程の余罪が出てこない限りは有期刑になるのではないかしら」
「そうですか……」
よかった、とはまなみさんの前ではさすがに言えない。けれど、よかった、とあたしは心の底から思った。リュウくんに、あんな大見得を切って、現場に踏み込んだのだ。せめてそこだけでも嘘にならなくてよかった。またお父さんと会える未来を奪わずに済んで、本当によかった。
これも全部、あたしのわがままだとわかっているけれど。
あたしを静かに見つめていたまなみさんが、ゆっくりと口を開く。
「さっきはごめんなさいね。つい、あいつらに向かう調子で声をかけてしまって」
「え、いえ! その、全然、大丈夫です」
「まったくあいつは目敏いから嫌なのよ。年下のくせに」
ひとり言のようにぼやいて、それから、まなみさんが微笑んだ。
「この子はしばらく保護施設に入ることになるかと思います。あちらと連絡が付き次第、引き渡すことになると思うけれど」
「あの、この子が、リュウくんは、またハヤギ・リュウトと面会することは……」
「可能よ。この子が望めば、こちらにいるあいだに話すことができるわ」
断言して、まなみさんが視線を胸元に落とす。その表情は柔らかで、胸が温かくなった。
「ハヤギ・リュウトの行いは罪でも、いきなり父親がいなくなるのは可哀そうだもの。この子に罪はないわ」
やっぱり、鬼狩りに悪い人なんていないんだ。所長たちが言うように、リュウくんの立場の子鬼を処分しようと思う人もいるのかもしれない。けれど、所長たちやまなみさんのように保護しようとしてくれる人もいる。あたしはその善を信じていたいし、もしそうでない場面に出逢ったときに、立ち向かっていける判断力と力を付けていきたい。
「あの、もうひとつだけいいですか」
「どうぞ」
「リュウくんが罪になるようなことってないですよね」
「あら。この子はなにか法に問われるようなことをしたのかしら」
含んだ微笑で首を傾げたまなみさんに、あたしはぶんぶんと首を横に振る。
「い、いえ!」
「そう。ならいいわ」
満足そうに頷いて、まなみさんが言い足した。リュウくんに一度、視線を落として。
「あなたの口から伝えたいことがあるのなら、会いに来たらいいわ。紅に頼めばそのくらいの手続きはしてくれるはずよ」
「……はい。頼んでみます」
噛みしめて、あたしはしっかりと首肯する。
「ちゃんと謝りに行って、あたしも話さないといけないんです」
あのときのことを。そして、リュウくんの思いを。聞かなければならない。聞いて、謝ることしかできないけれど。もし、それで少しでもリュウくんの慰めになるのなら。お父さんを待つ一歩になるのなら。その手助けをしたい、と願う。あたしに許されるのなら、ではあるけれど。
「お姉ちゃん」
「え?」
不意に聞こえた小さな声に、あたしはまなみさんの手元を凝視した。リュウ、くん?
「待ってる」
毛布の隙間から覗いた黒い瞳に、あたしは一瞬、息が止まりそうになった。リュウくん。
「っ、ごめ……」
飛び出しそうになった謝罪を呑み込んで、小さな顔を覗き込む。
「リュウくん」
今、謝ってしまって楽になるのはあたしだけだ。
「逢いに行くね、絶対。逢いに行くから。そのときにまたお話を聞かせてね」
応えないリュウくんの背をあやすようにまなみさんが撫でる。毛布をすっぽりとかぶって、リュウくんはその胸に顔を埋めているみたいだった。あたしがあんなふうだったのに、人間の、――鬼狩りのぬくもりに身をゆだねてくれている姿に、感情が揺らぐ。なんとかそれを整えて、あたしはまなみさんを見上げた。
「起きてたわよ、この子。少し前から。駄目ねぇ、あなた。その調子じゃすぐに騙されるわよ」
馬鹿にするふうでもなく笑って、まなみさんはちらりと所長たちのほうを見た。
「でも、それがあなたのいいところなのかしらね」
「……へ?」
「もし、あの馬鹿どもになにかされたら直に私に言いなさい。すぐに制裁を食らわせてやるわ。良い機会よ」
それがもしセクハラだとかそういった類だったらば、絶対に有り得ないだろうなぁと思いながら愛想笑いを浮かべたあたしに、まなみさんが小さく肩を竦めた。
「書類の提出日はちゃんと守るのよ、ラッキー☆フジコちゃん」
書類。提出期限。
その言葉に、月末が締切りだったはずの月報が結局できあがっていない事実を思い出し、あたしは思わず小さく叫んだのだった。




