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02

「ラッキー☆フジコさんだったかしら」

「は、はいぃ!」


 あたしの二つ名を微塵も笑いもせずに美女が言う。なにを言われるかと構えすぎて思い切り声を裏返らせたあたしに、桐生さんの肩が小さく揺れた。

 お願いですから笑わないでくださいと思ったのは、美女の怒りのパラメーターが跳ね上がりかねないと踏んだからなのだけれど。

 桐生さんをちらりと見て、美女は気を鎮めるように目を瞑った。次にゆっくりと開かれた瞳は、強い光を放っているものの、攻撃的な色は潜められていて。ほんのわずか、あたしはほっとした。


「こんな研修先に配属されて同情するわ。こいつらは能力があるから許されているだけで、いろんな意味で規格外なのよ。こいつらの常識を特殊防衛官の常識と思わないほうが賢明よ」

「で、でも」


 美女の眼力に押されながらも、あたしは恐る恐る口を挟んだ。


「なにかしら」

「おふたりとも、すごくいい人ですよ」


 言ったあたしに、桐生さんと所長が、なんとも言えない微妙な表情になったことに気がつく。あれ、なんか、あたし、おかしなことを言ったかな。不安になったあたしの頭を大きな手のひらがぽんぽんと撫でた。桐生さんだ。


「フジコちゃんはいい子やねぇ」

「い、いい子って……」


 あたしも一応、二十歳なんですが、との突っ込みは、所長のことすら「子」扱いする桐生さんには通用しないのかもしれない。


「……ちょっと、あんた」

「ん? なに? まなみちゃん」

「二度と馴れ馴れしく呼ばないで。研修生に手を出したら、大問題よ。わかってるでしょうね」

「あれ、まなみちゃん。もしかして、フジコちゃんに嫉妬しとる?」

「ぶっ殺すわよ、この最低オトコ」


 先ほどまでの比ではない低い声で吐き捨てて、美女――まなみさんというらしい――はくるりと背を向けると、お仲間のほうへ戻って行った。響くヒールの音の大きさが、まなみさんの苛立ちを代弁しているような気がしてならない。というか。

 あたしにはわかる。あの瞬間のまなみさんの瞳はマジだった。

 ……いったい、なにをしたんだろう、桐生さん。


「あ、あの……」


 好奇心に負けて所長を見上げると、溜息交じりの答えが返ってきた。


「昔、桐生が手を出して捨てた女だ。それ以来、紅屋に対するあたりがきつくてな。迷惑している」

「え!」

「あ、ちょっと。蒼くーん。もうちょっとオブラートに包んだ言い方してよ。それやと、なんかあんまりやない?」

「あんまりもなにも、おまえが捨てた女は山ほどいるんだ。今更隠しても無意味だろう」


 それはつまり、今後もこの仕事を続けていく上で、桐生さんの元カノさんとご一緒する機会が多々あるということだろうか。

 みんながみんな、今日のまなみさんみたいだったらちょっと嫌だなぁと思っていることがバレたのか、桐生さんが誤魔化すように微笑んだ。

 この顔に騙される女の人が一定数以上いるのだろうなぁ、と考えれば考えるほど、なんだか不憫だ。


「あのね、フジコちゃん。その所謂ところの酷い捨て方なんてしてないからね、僕。お互い大人の了承で関係を持って、それでお互い納得の上、別れたという、それだけやから」

「物は言いようだな」

「だーかーら、蒼くん。僕になんの恨みがあるのよ。というか、当たりがきついのは僕の所為とちゃうやん。まなみちゃんが仕事にプライベートを持ち込むのがあかんのやんか」

「それはそうだとは思うが」


 あ、それはそうなんだ……。

 職場の上司として素晴らしい人間と、プライベートはまた別物だよね、とあたしは無理やり納得することにした。うん、そうだ。そういうことだ。あたしにとって、優しい上司であることに変わりはないのだし、……うん、問題ない。大丈夫。


「藤子」


 所長に呼ばれ、あたしは物思いから現実に舞い戻った。倉庫内はまだ本部の人たちがせわしなく動いている。まだ後処理には時間がかかりそうな雲行きだ。


 ――あ。


 毛布に包まれた小さな身体を抱き上げたまなみさんの姿が、視界の隅を過る。その優しい雰囲気に勝手に安堵して、あたしは所長に視線を戻した。


「はい」

「後始末は本部に任せて帰るぞ」

「だから、フジコちゃんは、もし聞きたいことがあるんやったら、遠慮せんと今のうちに聞いておいで」

「あ……え、と」


 桐生さんに促してもらって、なお、躊躇ったあたしに、所長が「行くなら早くしろ」とまなみさんたちのほうを見遣る。

 もう全部がバレバレなんだなぁ、と。嬉しいのか恥ずかしいのかわからなくなりながら「ありがとうございます」と大きく頭を下げて、あたしはまなみさんのもとへ小走りで向かった。

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