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13

「ついでに言えば、鬼は心臓を潰さない限り、死なない」

「へ?」

「だから、その鬼は生きている。一応は」

「ええ?」


 やっぱり全く意味がわからなくて、桐生さんを振り仰ぐ。桐生さんはあーあと言わんばかりの顔を確かにして、それからへらりと笑った。


「だから、勝手にフジコちゃんが勘違いしたんやって。僕のことを、そんなにほいほいと被疑者を殺傷するタイプの人間やと思ったん?」

「だ、だって……」

「僕、殺したって一言でも言うた?」


 逆に問われ、あたしは沈黙した。確かに桐生さんは一言も言っていない。じゃあ、でも、じゃあ、なに。

 リュウくんも、ハヤギ・リュウトも二人とも生きていて。いや、それはなによりだけれど、じゃあ、さっきのあたしのなけなしの勇気っていったい……。

 撃沈したままのあたしを見かねたらしい桐生さんが、種を明かす。


「あのね、フジコちゃん。この鬼は、令状が出た時点では、人間を殺していません。ということは、殺害許可までは出ていません。まぁ、やむを得ない事情ってことにしたら、なんとでもなるはなるけど」

「はぁ」

「どちらにせよ、本部の監査対象になりかねないの。そんな面倒なことを僕はしません」

「……なるほど」


 なにが「なるほど」なのかは、やっぱり全くわかっていなかった。脳みその許容量は確実に超えている。


「まぁ、ちょっと、折角やから、その勘違いを利用させてはもらったけど」

「り、利用って……」


 もはや言葉尻を繰り返すことしかできないでいるあたしに、業を煮やしたのか。時間の無駄だと悟ったのか。所長が口を開く。


「さらに補足をするなら、先程の桐生の質問に対する正解は、本部へ連絡ではなく、被疑者の状態を確認し、適正に確保する、だ」

「で、でも、動いてな……」


 そうだ。ピクリとも動いていなくて。……あまり思い出したくもないけれど、首から上もなくなっていて、だから、その、死んでしまったのだと思ったのだ。

 あたしのその疑問にあっけらかんと答えてくれたのは桐生さんで。


「あぁ、それは僕が抑えてたから」

「抑えてる?」

「術式で」

「桐生さん、防衛系の術式は苦手だって仰ってませんでした?」


 防衛というよりは、捕縛系かもしれないけれど。どちらにせよ、あたしには才能が全くなかった分野だ。

 ……才能が無くとも、術具があれば鬼狩りとして活動できるので、そういう意味で大きな問題はないのだけれど。渡辺さん万歳だ。


「うん。好きではないけど、できひんわけないやん。特Aですよ、僕ら。あんまり使いたくはなかったけど、まぁ、フジコちゃんも頑張ってたし、特別」

「と、特別……」

「そう。特別ついでに、初出動お疲れ様。ナベさんから貰った手錠でフジコちゃんが確保する?」


 ――ラッキーちゃんにこれをあげよう。


 そう言って渡辺さんから術具を貰ったとき、あたしは心の底から素直に喜ぶことができなかった。したつもりで、決めたつもりで、覚悟なんて全く決まっていなかったのだ。恥ずかしいことではあるけれど。

 小さく息を吐いて、あたしは頭の混乱をゆっくりと沈めた。そして桐生さんを見上げて首を振る。


「……いえ」

「そう?」

「わがままばかりで申し訳ありませんが、次回、鬼狩りとしてちゃんと適正に行動できた際にかけさせてください」


 次こそは、ちゃんと、――目指した鬼狩りのように。ライセンスに誇れる仕事をできるように。今のあたしには、リュウくんをあの腕から取り上げる資格もないように思えた。

 頭を下げたあたしに、桐生さんと所長が微かに顔を見合わせたことがわかった。しばらくの沈黙のあと、響いたのは静かな所長の声だった。


「俺たちの仕事は、むやみやたらに鬼を殺すものでもなければ、鬼を正義の名のもとに征伐するものでもない」


 その言葉に、はっと顔を上げる。


「人間と鬼が共に生きていく世界を守る。それだけだ。それ以外のなにでもない」


 いつもと変わらない静かな意志の強い瞳だった。吸い込まれるようにその瞳を見上げる。映り込むあたしの顔は立ち尽くす子どものそれだった。


「そのためには規律がいる。パワーバランスを保つために力も重要ではある。ではあるが、虐殺をしていいわけでも、人間を殺してもいない鬼の子どもを処分していいわけでもない」

「っ、はい」

「そういうことをする同業もいないことはないが」

「そうそう。残念なお話やけど。僕が言ったように、親を殺された子鬼が死に物狂いで立ち向かってきた、とでも報告したら、十分な処分理由になるからね」

「あ……」


 思わず小さく喘いで、けれど、唇を噛んであたしはその先を呑み込んだ。桐生さんが言ったあの台詞は、とあるどこかでは「本当」になっているのか。悲しいのか悔しいのか、それとも怒りなのか、わからない感覚が身体を走り抜ける。


「だが、ウチの事務所の人間に、俺はそんなことを望んではいない」


 どこか呆れた所長の声に、あたしは俯きかけていた視線を再度持ち上げた。この一月で見慣れてしまった所長と桐生さんの姿に、なぜかひどくほっとして、気持ちが凪いでいく。あぁ、帰ってきたのだ、と。ふと思った。帰ってきた。


「それと、まぁ、――突っ込みどころは多々あるが。ウチの人間を助けようと思って行動したことに関しては、感謝する」

「……え?」

「よくやった」


 所長の瞳の色がふっと和らいだ気がして、あたしは「あれ?」と目を瞬かせた。

 今のって、いや、所長も人間なのだから笑うことくらいはあるだろうけれど。

 いや、そうじゃなくて。……そうじゃ、なくて。顏が熱い。

 あたし、なんで、こんなにドキドキしているのだろう……?


「あ、あの。ところで、合格って……」


 ドギマギしてしまった原因を誤魔化すように、あたしはそんなことを口走っていた。


「あれ、フジコちゃん、知らんかったの? 監督者――まぁ、僕と蒼くんやけど、――が、合格サインを出さんかったら、予備科に戻されるんやで? そこで三ヶ月の研修を受けて別の事務所に再配属。そこでも合格とされんかったら、研修生見習いの資格はく奪」

「う……嘘……」

「こら、桐生。それは研修生には極秘だという話だっただろう。おい、いいか。藤子。聞いたものは仕方がないが、おまえの同期にはまだ漏らすなよ。今月いっぱいが見習い試用期間で、五月から見習い期間なんだ。まだ合否が出ていない人間もいるだろう」


 見習い試用、期間……。ということは、もし、あたしが役に立たないと判断されていたら。紅屋を首になる以前に、あたしって、研修生ですらいられなかったんだ……。

 頭の芯がくらりと揺れる。なんだか、ものすごく、疲れた。とても疲れた。今更になって、またがくがくと脚は震え出していた。

 ファンファンと大きな音を鳴らして近づく緊急車両の音に、あたしはこの一件が公式にも終わりを告げようとしているらしいことを理解した。


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