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04

「しかし、とうとうおまえらも新人の面倒を看る気になったんだなぁ」


 あたしを前にして言う台詞なのかは甚だ謎だが、木製の味のあるカウンターに肘を付いた渡辺さんはしみじみと呟いた。まるで孫の成長を見守る好好爺のようだ。顏は怖いけど。


「あー、まぁ、ね」

「今までどれだけ本部にせっつかれても、あれやらこれやら理由を付けて断っとったじゃないか。どういう風の吹きまわしだ?」


 あたしも知りたかったので、そわそわと桐生さんの動向を見守る。本当にいったい、どういうアレだったんだろう。


「有体に言えば、いい加減、限界が来たってだけですよ。本部からの要請を跳ね除けるのも。あ、でも、あれやで。フジコちゃん。いやいや適当に選んだわけやないからね」

「はは、あの、……ありがとうございます」

「じゃあ、なんでこのお嬢ちゃんだったんだ?」


 ひょいと器用に片眉を上げて、渡辺さんがあたしと桐生さんとを見比べた。


「おまえさんたちの好みで選んだとは言わんだろうな」

「ナベさん。僕と蒼くんの年を考えてくれる。さすがにそれはない、それは。というか、あったら大問題」


 それはそうだろう。あたしは三度、愛想笑いを張り付けた。セクハラ云々以前に、おふたりともあたしなんぞに興味をお持ちになるわけがない。


「わしから見たら、似たようなもんだがなぁ」

「そりゃ、ナベさんから見たらそうかもしれんけど。また蒼くんに怒られるで。そんなことばっかり言うてたら」

「あいつの童顔は生まれつきなんだから仕方ないだろう。気にしたところで」


 あ、気にしてるんだ……と思ってしまったあたしの思考を逸らせるためかどうかは定かではないけれど、桐生さんが仕方ないと言わんばかりに肩を竦めた。


「仕方ないし誰かしら採ろうか、いうて、蒼くんと研修生の登録簿を見てたんやけど。まぁ、その……なんというか、あまりにもインパクトがあったもんでビビッときちゃったんよね」


 やっぱりか、とあたしは心の中で唸った。やっぱりだ。やっぱり、あたしの二つ名を面白がっただけだったんだ、この天才エリートたちは。


「あぁ」


 渡辺さんは一瞬、気まずそうに視線を宙に浮かせて、それから無理やりのように渋い笑みを浮かべた。


「よかったじゃないか。お嬢ちゃん。可愛い名前で。そうだ。ラッキーちゃんでどうだ。ラッキーちゃんで」

「はは」


 犬みたいですねぇ、との自嘲を呑み込んだあたしに、渡辺さんは満足そうに「ラッキーちゃん」と繰り返している。


「まぁ、アレだ。なんのかんので、こいつらは悪い奴らじゃないからな。……まぁ、ちょっとばかしマイペースが過ぎるような気がせんでもないが」


 天下の特Aですもんね! 誰にも合わせる必要ないでしょうしね! とのあれも呑み込んだ。あれ、嫌だな。あたし。なんだか僻みっぽくなっていないだろうか。


「この事務所でよかったと思うときが、いつかくるさ。ほかのところは案内してやったのか、桃弥」

「ううん、これから。先に、ほら。これをどうにかせんとあかんかったし」

「地下の訓練場はなかなかのものだぞ。このあたりじゃ最大級の設備でな。ライセンスを持った鬼狩りなら誰でも無料で使えるというのが売りだ」

「ちょっと。さらっと無視せんといてよ、ナベさん。何回も言うけど、これ、壊したのは僕やないから。蒼くんやから」

「どっちが壊したって一緒だ、一緒。というか、なんであいつはこんな可愛い新人ちゃんが来るって日にまで荒れてやがるんだ」

「荒れてたわけやないけど。まぁ」


 そこでちらりと桐生さんがあたしを見た。


「タイミングが悪かったというか、悪いタイミングを見越されたというか」

「なんだ、そりゃ」

「蛇の旦那からのご機嫌窺いやったの。まぁ、早い話があの人、耳が早いから。構いたくなったんやろ。蒼くんがとうとう新人を採るって知って」


 蛇の旦那。なんだか恐ろしい呼び名にひっそりと頭を捻る。よくわからないけれど、恐らくに大物なのだろう。あたしが知らないだけで。悩むあたしを他所に、桐生さんが爽やかに笑った。


「よかったねぇ、フジコちゃん。早速有名人やで。もしそれで苛められたら、ちゃんと相手の名前と所属、覚えておくんよ。あとでしっかりお説教してあげるから」

「はは、はは。はい、ありがとう……ございます」


 特Aのお説教って、想像するだけで、凄まじい破壊力だ。というか、有名人って。有名人って、なに。あたしにはもはや乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。


「そう言えば、ラッキーちゃん。紅屋の訓練所もまだかい?」


 そして何故だか、渡辺さんに慰められてしまった気分だ。いい人だ。


「地下のではなくて、ですか?」

「五階にね。べつに僕らも地下の訓練場を使っても問題ないはずなんやけど。悲しいかな、僕と蒼くんが顔を出すと空気が止まるもので」

「ははは」


 でしょうね、との相槌をあたしは呑み込んだ。


「なので、基本、紅屋は五階の訓練場を使っています」


 そこで桐生さんはにこりと微笑んだ。


「フジコちゃんも今度、僕と手合わせしよか」

「ぜ、絶対、手合わせにならないと思うんですが!」

「おう、贅沢だなぁ、ラッキーちゃん。特Aに訓練を付けてもらえる研修生なんざ全国探してもおまえさんくらいだろうよ」


 それもそうだと思いますが。だがしかし。有り難すぎて手が震えるだろう未来は想像に難くない。


「べつに獲って食うたりせんのにね。そもそも蒼くん、僕以外と組まへんし」

「やっぱり、実力差がありすぎるからですか?」


 噂レベルで聞いた話ではあるけれど。

 鬼狩りのライセンスランクは上から特A、A、B+、B、B-、Cの六段階で構成されていて。Bまでであれば、努力と年月をかければ誰でもライセンスランクを上げることはできるそうだ。

 けれど、それ以上となると上り詰められるかどうかは才能の問題。B+で頭打ちになる優秀な鬼狩りもたくさんいて。だから、それより上のAランクの人間は本当に優秀な一握りで、そこから先の本当の一握りの天才が特Aなのだ。

 そう考えると、本当にすごいところに配属されちゃったなぁ、とは改めて思うのだけれど。


「それもあるかもしれんが、噂に尾ひれで恐れ戦かれているだけだろう。若手の奴らに、挑戦しようという気概がないのも問題だと思うがな」

「噂に尾ひれって、僕はどこぞの蒼くんと違って、ちゃんと上手に手加減できますよ」

「なにを言ってるんだ。五階の訓練場を壊したのはおまえさんと蒼坊だろう」

「ちょ、嫌やなぁ。十年以上前の話、持ち出さんといてよ」


 訓練場の壁って、確か。ちょっとやそっとじゃ壊れないように特殊な防御壁でできているんじゃなかったっけ。


「あ、なに。その疑惑の目。違うよ、フジコちゃん。壊したのは蒼くん。あの馬鹿力見たやろ、アレ、アレ」

「組手の相手をしていたのはおまえさんなんだから同罪だろう。まったく少しは落ち着いたと思ったら、相変わらずだな」

「修理してくれるん? ありがとう」


 呆れ声の渡辺さんに、桐生さんが嬉々として子機であったものを手渡している。すぐに修理に出すってここのことだったのかぁ、と。あたしはちょっと遠い目になった。

 そりゃ、渡辺さんも、「ウチは家電修理屋じゃない」と言いたくもなるだろうなぁ、とも。

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