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「騙しました?」
「騙したって、人聞きの悪い。フジコちゃんやったら、ちゃんとやってくれるって、信用しただけやんか」
ちゃんとやってくれる。その言葉を内心で繰り返し、あたしはそっと視線を動かした。桐生さんの背後。そこにあるのは、鬼であったもので。……不幸中の幸いなのか、リュウくんは気を失ったままだ。頭のない父親の腕に抱かれたまま、倒れ伏している。
ちゃんとなんて、あたしはなにもできていない。
「殺した……ん、ですか」
「あの状態で生きてる鬼がおったら、お目にかかってはみたいかなぁ」
あたしの声の震えなんて聞こえないみたいに、桐生さんはさらりと続ける。
「でも、僕がやらんかったら、死んでたのはフジコちゃんやで」
そういうことだった。それがすべてだ。あたしのきれいごとでは鬼は止まらない。あのままだったら死んでいたのはあたしだ。誰もが助かる道なんて、ない。鬼を狩る。鬼を狩るからこその、「鬼狩り」。
憧れだけじゃ、なにもできない。夢ばかりじゃ、なにもできない。所長が言っていたのは、これだったのかもしれない。
「どうしたの、フジコちゃん。青い顔して」
いつもと変わらない優しい笑みを浮かべたまま、桐生さんが言った。
「嫌になった? 憧れていた鬼狩りの仕事と、全く違って」
「っ、なってません」
意地悪な言い方に奮起して応える。なっていない。なってなんて、いない。
座り込んでいた脚腰に気合を入れて、立ち上がる。まだ上手く力が入らない。けれど、いつまでも座り込んでいるわけにはいかない。
「そう。それなら、なにより」
桐生さんは淡々と視線を背後に流した。
「じゃあ、フジコちゃん。次にフジコちゃんはなにをすべきやと思う?」
次。確保対象の鬼が死んでしまった、次。言葉にしきれない感情を抑え、声を押し出した。
「……本部に、連絡します」
「まぁ、それはそうなんやけど。その前にしておいたほうがええことがあって」
事務所のパソコンの前であたしに基礎的な知識を教えてくれるときと変わらない、穏やかな言葉が続く。
「凶悪な犯罪者がいるからと言って、人間のすべてが悪であるはずがない。その理論と同じく、すべての鬼が凶悪犯ではない」
けれど、続いたそれと、先程の言葉との関連性はよくわからなかった。首を傾げたあたしに、桐生さんが小さく苦笑する。
「育成校で習わへんかった? この理屈。なので、むやみに鬼を畏怖するのではなく、善の部分を見出しましょう、やっけ。我々は理性を持ってわかり合うことができる。種族の違いが諍いを生むとは限らないとか、なんとかかんとか。僕は育成校を出てはいないから、細かいところは知らんけど。まぁ、人間と鬼がこの世界で共生していくための大義名分かな、結局」
「あの、桐生さん?」
「とは言え、はい、そうですかで終わらせるには危険がいっぱい。じゃあ、どうしようか」
鬼と人間は違う。けれど、すべての鬼が悪意を持って人間を襲うわけではない。共生するためのバランスを取ることが鬼狩りの役目。習った文言が頭を駈け廻る。でも、それを口にすることはできなかった。
「道行く鬼すべてが凶悪犯なわけはないけど、凶悪犯になり得る芽を早期に摘むことは必要な仕事という話でもあるかな。『鬼狩り』として」
「凶悪犯になり得る芽?」
答えを聞きたくないと思いながらも、あたしは問い返していた。桐生さんがにこりと笑う。いつもと全く変わらないそれで。
「親を人間に殺された、子ども」
鬼の、――親の腕に抱かれたまま倒れているリュウくんを視界に留め、桐生さんは言う。「おまけにB+やもんねぇ」
「この年でこれやと、ちょっとこのまま放っておくのは危険やな」
「それって、……」
リュウくんのことですか。リュウくんをどうしようという話ですか。心臓がドクドクと脈打っている。それが鬼狩りなの。鬼狩りはそんなことをするの。
「わかりやすい話やろう? ついでに、僕に対する公務執行妨害の現行犯っていう事実もあるわけで。まあ、十分やね」
「十分って、なにが」
「今ここで、子どもに消えてもらう理由」
桐生さんはいつもと変わらない。だからこそ、これが当たり前なのだとわかってしまった。




