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06

[2]



 倉庫に向かって、一歩、足を進めた瞬間。今までの比でない大きな爆発音がした。思わず足が竦んだあたしの腕のなかで、男の子が身じろぐ。響いた声は、か細く震えていた。


「……パパ?」

「大丈夫!」


 根拠のない言葉を叫んで、抱きしめる腕の力を強める。あそこに、この子をひとりで飛び込ませるわけには行かない。


「大丈夫、大丈夫だよ。あたしも一緒に今から行くから」


 何の根拠もないどころか、この子にとっての大丈夫であれば、あたしにとっての一大事かもしれない……のだということに遅れて気が付いたものの、なんというか、どうしようもなかった。

 いや、でも、うん、きっと。大丈夫。そう、大丈夫。大丈夫だ。


「あたしの名前は、藤子奈々といいます。あなたの名前は?」


 鬼に本名を名乗るのは、よくないとされている。それは古からの言い伝えのようなもので、本名を知られることで、呪われるからだそうだ。

 呪いなどというものが、あるかどうかは定かではない。ただ、よくないとされている。慣れ合うなという警告でもあるのかもしれない。けれど、一対一で信頼を築くのならば、呼称は必要だ。先ほどよりもほんの少し落ち着いた声で、男の子が名乗る。


「リュウ」

「リュウくん。今から、パパのいるところに入ります。絶対に、パパと会わせてあげる。だから、約束をしてほしいの。あたしから離れないで」


 男の子――リュウくんの、小さな頭がこくんと動く。最後にもう一度、その身体を抱きしめて、あたしは足を踏み出した。

 大丈夫。見習いでもなんでも、あたしは特殊防衛官だ。襟元のライセンスが、月の光を受けて、小さく光った。


 倉庫の中は、薄暗いままだった。それでも闇に慣れた瞳は順当に中の様子を把握していく。

 コンテナボックスがいくつも床の上に散乱していて、潰れた段ボール箱からは燻った煙が上がっていた。頭上からはぱらぱらと粉塵が舞い落ちていて、リュウくんを抱く手に力が籠る。


「お帰り、フジコちゃん」


 その中心に立っていたのは、桐生さんだった。あたしに向かって話しかけてくる桐生さんは、至っていつも通りで。けれど間違いなく、この場所は「いつも」ではなかった。


 ――特殊防衛官としては、「いつも」でなくてはならないのかもしれないけれど。でも。


「桐生、さん」


 その足元に倒れているのは、「鬼」だった。犯罪者で、鬼で、そして、この子の父親――。


「生きとるよ、大丈夫、大丈夫。フジコちゃんが戻ってくるまで確保も待ってようかなと思ったで、この状態やけど」

「この状態……」


 あたしは半ば呆然と呟いた。あたしはなにを考えていたのだろう。この子を探せば、静まるのではないか、なんて。自分の意志で投降してくれるのではないか、なんて。実戦初日のあたしが。そんなことをしなくても、桐生さんにとっては、鬼がたとえB+であっても、自分ひとりであっても、制圧することなんて簡単なことで。自分の思い上がりが恥ずかしい。

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