03
「こんばんは」
あたしの声に、大きな男の子の瞳が上向く。少しくたびれているようにも見えるけれど、着ているものはよく街中で見かけるようなパーカーにハーフパンツ。足元もきちんとスニーカーを履いていた。
――見える部分に怪我もない。清潔さもちゃんと保たれている。ということは、やっぱり、この子はちゃんと大切にされているんだ。あの、「鬼」に。「お父さん」に。
「お姉さんも『鬼狩り』なの? 僕たちを狩りに来たの?」
合った視線を逸らさないまま、男の子が呟いた。はじめて聞いた声にほっとしながら、あたしはライセンスを提示した。
「特殊防衛官です。あなたとあなたのお父さんを害しに来たわけではありません」
「鬼狩り」というのは、あちらさんにしたら失礼な呼称やから。絶対に使ったらあかんよ、と。教えてくれたのは桐生さんだったけれど、その通りだ。自分を「狩る」と宣言されて、気持ちの良いはずがない。
静かに繰り返したあたしに、男の子は瞳をゆっくりと瞬かせた。幼いころの弟とよく似た、子ども特有の澄んだ瞳。
「悪い奴らだって、パパが言ってた」
「パパが?」
「捕まっちゃったら、もう僕と一緒にいれなくなるんだって」
だから、と。男の子は目線を膝小僧に落とした。
「絶対に捕まっちゃ駄目だって」
「なんで、パパは捕まるって言ったのかな。あたしたちは、なにもしてない人を捕まえたりはしないよ」
この子は、きっと理解している。そう確信して、あたしは言い聞かせるように話しかけた。
男の子の頭が自然に上がるまでじっと待つ。虫の羽音が耳のすぐそばで聞こえた。こんな季節だったと、ふと思った。あたしがはじめて、鬼と逢ったのは。
男の子の顔がおもむろに上がろうとした瞬間、また倉庫のほうから大きな音が響いた。男の子の身体が大きく揺れる。
「怖い」
上がった面は、閃光を受け真白く光っていた。白い瞳に映っているのは、恐怖だ。大切な家族を失うかもしれないという、それ。
――その瞳に宿る色を、あたしは知っている。
人間も、鬼も、同じだ。誰かを大切に思うことも、だからこそ、その人を失うことを恐れることも。みんなみんな、同じだ。再認識する。同じ。
「パパはなにをしたの。パパが捕まるようなことをしたから、お姉さんはパパを殺しに来たの?」
どう言えばいいのかわからない。特殊防衛官としてどうすれば正しいのかわからない。けれど、――せめて、目の前のこの子にとってだけでも誠実でいたいと思った。あの人が幼いあたしに対してそうであったように。
「あなたのパパは、悪いことをしました。でも、あたしたちはパパを害しに来たわけじゃありません。パパに改めてもらいに来ました」
図るようにあたしを見つめていた男の子の唇が小さく動いた。




