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桐生さんの言う通りだ。たぶん、もし倉庫内に誰かがいたとすれば、あたしが気付かなくとも、桐生さんが気付いている。だとすれば、今日はいなかったのだ、きっと。でも、それがイレギュラーだったとしたら。あの鬼がいつも夕方ごろに戻ってきて、そしてわざわざ深夜に外に出かけていたのが、ここで一緒に過ごしている誰かの為だったとすれば。
それは、少なくとも鬼にとって、守るべき存在であったということだ。ということは、本当に幼い子どもであった可能性が高い。考えろ。考えろ。言い聞かせて、あたしは倉庫の外に飛び出した。近くに人の気配はない。
倉庫の中は、桐生さんと確認済みだ。そのときに生活感のあるものはなにもなかった。――けれど、もし。子どもがいたと仮定する。子どもは、ずっとこのなにもない寂しいところで大人しくしていただろうか。
外は危ないと言い聞かされていたとしても、子どもが言いつけを守り続けることができるとは限らない。現時刻、午後四時二十二分。いつも鬼が戻ってくるのは、所長によれば五時前後。
ということは。もしかすると、もしかするかもしれない。
「誰かいる? もしいるなら出てきて! お父さんがきみを探してるの!」
「お父さん」が戻ってくるまでのあいだ、少しだけ遊びに出ていたとして。けれど心配させるつもりはないから、「お父さん」が戻ってくるまでには倉庫の中に戻ってくるつもりだったとして。それが今日に限って、「お父さん」が早く帰って来てしまったとして。その子も少し遅れて戻ってきたとして。そこで、戦闘が始まってしまったとしたのなら。
離れることもできず、けれど、中に踏み込むこともできず、近辺に隠れて震えているのではないだろうか。
なにもできなかった、いつかのあたしのように。
――あたしが本当に、運を持っているっていうなら、この勘こそ当たっていてほしい。
「特殊防衛官です! あたしたちはあなたたちを害するために来たわけではありません!」
たとえ、あの鬼が重犯罪者でも。人間の女の人を害して、殺していたとしても。それは許される罪ではないけれど、子どもにとっては、たったひとりの父親だ。目と鼻の先でその命が失われる場面を見せたくない。絶対に、見せたくない。
「誰か……って、うわわわ!」
背後で起こった爆発音に、あたしはうっかり悲鳴を上げて、小さく飛び上がった。そうだ。戦況を。戦況も把握していないと、桐生さんに、怒られる! というか、そもそもとして、うっかりあたしが死にかねないんだった……!
それにしても、うっかり死にかねない、とか。なかなか日常生活で用いない日本語だよなぁ、なんて。どこか変に冷静な頭で考えながら、あたしは周囲に視線を巡らせた。こんなときにこそ、役に立つかどうかはさておいて、渡辺さんの鈴があればよかったかもしれない、とも思いながら。灯りはほとんどない。けれど、夜目も利くようになってきている。
そのとき、がさり、と右足付近の草むらが動いた気がした。
「……ん?」
草むらは、あたしのふくらはぎくらいの高さまで伸びている。倉庫が使われなくなり、手入れがされなくなったのだろう。小さい子どもだったら、しゃがめば十分に頭まで隠れることのできる高さだ。
「誰かいるのかな」
クロスボウを背後に隠して、あたしも膝を土の上に落とした。あんたの笑顔って、その間抜けな二つ名と同じくらいに気が抜けるのよね。そう言ったのはいつかのみっちゃんだったけれど。人畜無害と評されることしかないこの容貌でも、役に立つのならばなによりだ。精一杯の猫なで声と笑顔を装備し、ゆっくりと草を押し分ける。
果たしてそこにいたのは、五歳くらいの男の子だった。体育座りをするように草むらの中に蹲っている。とは言っても、鬼の成長は人間に比べて比較的緩やかだとされている。実際の精神年齢は、もう少し高いかもしれない。




