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「桐生さん! 桐生さん」


 あたしの必死の呼びかけに、桐生さんが視線を上げた。鬼へと向かっていた足を止める。


「どこかに子どもがいるんです。この人は、子どもを探してるんです。あたしたちが害したんじゃないかと疑ってるんです!」

「少なくとも、この倉庫にはおらんやろ。おったら、さすがに僕が気付くと思うよ」

「それはそうだと思うんですが!」


 探しに行くと言いたいあたしの欲求を、正確に読んでくれたらしい桐生さんが溜息交じりに頷いた。


「あんまり、変なところには動かんといてね。僕も実戦初日の研修生に怪我はさせたくないし」


 蒼くんに怒られそうやし、と。おざなりに続けたかと思えば、真面目な顔になった桐生さんがあたしをもう一度、見据えた。


「最初に自分で言うた最低条件、覚えてる?」

「大丈夫です、精一杯、逃げます! それと桐生さんの邪魔はしません!」


 どこにいようが、戦局からは目を離さない。勢いよく宣言して、あたしは中二階からまた飛び降りた。鬼がゆっくりと起き上がる気配がして、毛先に、チリ、と熱い熱風を感じる。火を噴く鬼。それは紛れもなくB+で。かなりの大物だということで。

 もし。もし、この鬼が。ハヤギ・リュウトが、子どものために怒っているのなら。抗っているのなら。子どもの無事を確認させたら落ち着くかもしれない。素直に逮捕されるかもしれない。鬼は、心臓を取らない限り、死なない。負った傷もあっと言う間に治る。だから、鬼を狩るのは難しいとされている。一瞬で、致命傷を負わせなければならないから。

 けれど、とあたしは思っていた。怖いと思っていたくせに。この期に及んで。

 できるなら、誰にも死んでほしくなんてない。生きて償える罪なら、償うべきだ。あたしは、あたしの家族を害した鬼の口から、なにも聞くことはできなかった。そのことがほんの少しだけ、淀みになっている。

 もちろん、助けてもらったことには感謝をしている。あの鬼がもう死んでいると思えば、怖い夜も減った。

 けれど、それでも、と。ふと思うことがあるのだ。

 ねぇ、なんで、あたしは一人にならなければいけなかったの?

 あなたはなんであたしの家族を襲ったの?

 聞いてみたかった。そして答えを知って、許せるだろうかと葛藤をしてみたかった。襲われたのが不運だっただなんて、そんな言葉で片付けるのは、――生き残った自分が幸運だったと思えるのに、どれだけの時間がかかったと思うのか、と。

 あの鬼を、詰ってやりたかった。

 けれど、死んでしまった鬼相手にそれは叶わない。

 できることならば、できることならば。生きて反省をしてほしかった。あたしの糾弾を甘んじて受けてほしかった。甘いと言われようとも、あたしはその姿を見たかったのだ。

 死んでしまったら、なにもできない。それ以上のなにをもない。

 父も母も瑛人も、怒ることもなければ笑うこともない。声を聞くこともない。そして、それは、あの鬼もそうなのだ。

 それは、あの夜、あたしが思い知ったことだった。

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