03
「フジコちゃん、フジコちゃん」
「はい!」
「一応、これで大丈夫なんやけど……」
呼ばれて、桐生さんの机の横に回る。机上に広がっているのは件の月報だ。一応、大丈夫、の言葉にほっとしかけたのも束の間。桐生さんの声が止まる。
なにか新たなミスが発覚しただろうか、との懸念は所長の机で鳴った電話で打ち消された……のだけれど。
――また、あの電話か。
これは所長、今日もこのまま夜まで帰ってこないなぁ、と。ちらりと時間を確認する。午後二時十分。所長宛てに直にかかってくるそれは、かなりの高確率でお呼び出し案件なのだ。
また判子、貰い損ねちゃいそう。というのは全く持ってあたしの都合ではあるのだが。それはさておいても、所長も桐生さんも大変だ。
そんなことを考えながら、指示の続きを待っていると、「令状」という単語が飛び込んできた。思わずあたしも耳を澄ます。
「急ぎなら、そちらから持ってきたらどうだ。たまには」
不機嫌そうな声は、仕事相手(おまけに、たぶん、本部のほうが目上だ。一応)に向けるものではないのではなかろうか、と。配属されたばかりの頃はハラハラしていたあたしだけれど、桐生さんに気にするなと言われたので気にしないことにした。
けれど、今はそういう意味でなく、通話内容が気になる。
――令状って、もしかして、出動任務……?
「わかった、わかった。俺が取りに行く。詳細は? ――メールで送った? 了解した。確認する」
通話が終わるなり、所長が桐生さんの名前を呼んだ。
「仕事だ。ランクB」
その言葉に、あたしにも緊張が走る。ランクBということは――。
「フジコちゃん」
「あ、はい!」
「メール、確認して。印刷もお願い」
「はい」
「それと、フジコちゃんも、出動準備」
「は……はい!」
本部からのメールが届くパソコンに向かいながら、あたしは唾を呑み込んだ。出動。いつか来ると覚悟をしていたはずなのに、それでも聞いた瞬間、鼓動が激しくなった。動揺しているのか、メーラーを中々クリックできない。数瞬の後、開いた受信ボックスの一番上には、本部からのそれが光っていた。
「来てます。印刷します」
「本部まで行ってくる」
あたしの報告と相前後して所長が紅屋を後にする。プリンターから吐き出されたメール本文を桐生さんに手渡して、あたしも自分のものに目を落とした。
件名は簡潔にランクB出動要請と記されていた。
「クロスボウの整備は問題ないよね?」
「大丈夫……です。毎日、朝と夜、確認してます」
「はい、了解」
紙面から視線を上げて、桐生さんが静かに口を開いた。
「今回の鬼は、ランクB。婦女暴行の前科有り。一昨日の夜にまた一人、女性が被害に遭っていて……女性に残されたDNAが、この前科犯の鬼と一致。それにより、逮捕状が出た、と、そういうことです。ちなみにフジコちゃん。なんで緊急案件なのかはわかる?」
「えぇ、と。初犯時に比べて、凶暴性が増しているからでしょうか」
「正解。命があったのが奇跡やね」
さらりと桐生さんは口にしたが、メールに記されていた詳細に、あたしは気分が悪くなった。文字で見ただけでこれなのだ。写真で、……まして、現場で見たら胃液がせり上がってきそうだ。そんなことを言っている場合じゃないことは、重々承知しているけれど。




