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今からちょうど十年前。あたしの人生は大きく変化した。
十年前の四月二日。あたしの十歳の誕生日。あたしはお父さんとお母さんと小学校の入学式を前日に控えていた弟と、四人で外に出ていた。いわゆる、誕生日のお出かけというやつだった。
お気に入りのワンピースを着て、あたしは幸せに笑っていた。家族四人で外出するのは久しぶりで弟ともども大はしゃぎだったことをよく覚えている。
街の中心地にある商業ビルに行って、誕生日プレゼントを買ってもらった。瑛人も小学校の入学祝いにかこつけて、戦隊ヒーローのフィギュアを買ってもらって喜んでいたっけ。
そして、いつも家族の誕生日に足を運ぶお店で夜ご飯を食べて、九時を過ぎる頃に自宅の最寄り駅についた。いつもよりずっと遅くなった帰り道、弟は父の腕に抱かれ半分以上眠っていた。
これは、今日は一緒にプレゼントを開けられないなぁ、とあたしは思った。小さなプラネタリウムは、弟と一緒に開けようと約束していたのだ。買ってもらってすぐに電源を入れられないことは少し残念だったけれど、一日待つだけだとあたしは気を取り直した。瑛人との約束を破るわけにもいかない。それに、――明日も明後日も、日常が続いていくと信じて疑ってもいなかった。
あたしたち家族以外に誰もいない春の夜の帰り道。風は少し肌寒くて、けれど、夜の空に輝く星がはっきりと見える。きれいだね、と言ったあたしに、「奈々は本当に星が好きね」とお母さんは笑った。うん。とあたしは答える。あたしは、このころ、星が大好きで、大きくなったら隣の区にあった天文館で働きたいと夢見ていた。なんてことのない、日常の一ページ。
こんばんは、と声をかけられたのは、そんなときだった。
優しそうな男の人の声。
何の疑いもなく立ち止まって振り返った先にいたのは、はじめて会った人だった。目深にフードを被った、細身の、まだ若い男の人。唯一露出していた口元は笑みのかたちを刻んでいた。
警戒するように先を行っていた父が、弟を母に預けてあたしの前に出る。あたしはそのとき、なにもわかっていなかった。怖い、とも思えていなかった。
怖い、とわかったのは。思い知ったのは。お父さんの首から血しぶきが飛んで、それまで「人間」だった男の人の額から角が生え、お父さんの倍ほどの長身に変貌した瞬間だった。外れたフードの下、紅い瞳が暗闇で光っている。あたしは一歩も動けなかった。
いいなぁ、とその男の人は言った。いいなぁ、幸せそうで。確かにそう言って、笑っていた。
ムカつくなぁ、幸せそうで。
そこから先を、あたしはあまり覚えていない。次にはっきりと覚えている映像は、地面に倒れる家族と、同じように倒れる鬼であった人。
そして、あたしの目の前に現れたのは、はじめて見る「鬼狩り」だった。ショックが大きすぎたのか、どんな人だったのかはほとんど覚えていない。けれど、その声は覚えている。
あたしの家族を助けられなかったことを真摯に詫びてくれたこと。その温度に触れて、恐怖で固まっていた感情がゆっくりと解けていったこと。みんながいなくなってしまったと理解してしまったこと。
あたしひとりが置いて行かれた、と。泣くことしかできなかったあたしの傍に、ずっといてくれた。
強くて、優しい。あたしを絶望の淵から落ちないように留めてくれたヒーロー。
それが、あたしにとっての「鬼狩り」のすべてだった。
だから、あたしもそんな「鬼狩り」になりたいと思ったのだ。拾って貰えた命だから、あたしも誰かを助けたいと思った。
所長からすれば、信じられない青臭い理由なのかもしれないけれど。十歳のあたしにとって、「鬼狩り」は本当に本物のヒーローだった。




