東京異世界ロープウェイ 8
翌日、火葬場の控室で私は独り、徳さんの火葬が終わるのを待っていた。周りは、沢山の別の故人の親類であろうか、故人の生前の思い出をかたり忍んでいる。私はひとり語る相手もなく、火葬場の職員から頂いたお茶をすすっている。
「もうそろそろ焼き上がるよ」
「祖父ちゃんは体格が良いからまだ時間がかかるさ」
「まだまだ、三番だからあと三十分はかかる」そんな別の家族からの言葉が控室に飛び交っている。控室には、火葬が終了した順番に予め係員から言われていた故人の番号が点灯すると火葬終了の合図となる。
徳さんの番号五番のランプ赤く点灯し、職員の誘導のもと火葬されお骨となった徳さんの骨を拾いに行く。骨を拾う部屋に入ると、周りを囲むように白木の位牌と写真それに骨壺が置いてあり、それを見るとまだ棚には五、六名の火葬中の人が居ることがわかる。写真を見ると、そのほとんどは老人であるが、なかには働き盛りの中年男性やまだ小学生ぐらいの女児の写真もあり、亡くなった本人や家族のことを思うと胸が詰まる思いになる。しばらくすると、二家族の火葬が済み運ばれて来る。隣の家族との間にはパーティションで区切られているが、多くの家族が故人の骨を少しずつ分けて箸でつかみ骨壺へ入れ拾う姿が隙間から見える。
私の前には、火葬にする時あんなに大きな棺桶に入っていた徳さんの棺桶は全て焼けて無くなり、ストレッチャーの上に焼け残った骨だけが残り出て来た。火葬され焼けた頭蓋骨と背骨、腰の大腿骨など人間の骨格がくっきりとわかる。骨は白く一部は砕け散り粉となっている。人間は生まれる時もひとり、死ぬ時もひとりと田舎の祖母がよく言っていたことを思い出す。もうととととちちちこうなってしまうと、自分で骨壺に入ることすらできない。徳さんも長い間ホームレスとして独り寂しく生きて来た。そんな孤独な徳さんだったから、せめて亡くなった時ぐらい家族や多くの人に骨を拾ってもらいたかっただろう。しかし今、骨を拾うのは、血のつながりもない私ひとりである。徳さんの骨を拾う。大きな菜箸をもらい骨壺に入れる。
「この部分は頭ですので、下の方から骨を骨壺に入れて下さい」そんなふうに丁寧に火葬場の職員が教えてくれる。徳さんの骨は、高齢で栄養不足だったのか、拾っていても骨がポロポロと砕ける。火葬された骨を私と自治体の職員と少ない人数で全て骨壺の中に入れ収まった。骨壺を持っていると、まだ少し温かい感じがして徳さんの心の温もりを感じる。徳さんは、火葬され小さくなって私の元へ帰って来た。私もホームレスでなければ暫く、自宅へお骨を持ち帰り供養したいのだが、それもできないので、その後しばらく近くのお寺に預かってもらうことにした。
それから一か月程たったある日、役所の人が私のいる公園へ来てこう言った。
「納骨のことですが、私達も故人の親類を何とか探し当て見つけたのですが、先方に遺骨の引き取りをお願いしても拒否されましてね、今、別の親類の引き取り手を探しています」
「そしたら、もし引き取り手が無かったら徳さんのお骨はどうなるのですか?」
「お骨は、取りあえず私どもが管理している管理室に移ってもらいます」
「そうですか、宜しくお願いします」
それから更に三か月程が経ち、徳さんのことが気になり役所を訪ねると、やはり徳さんの遺骨の引き取り手は見つからず、まだ遺骨管理室にあるらしい。管理室に案内されると、そこにはアルミの棚に沢山の引き取り手のない遺骨が置いてある。私はその数の多さに驚き、職員の方にこう尋ねた。
「ここにある方のご遺骨は、全て身寄りが無い方ですか?」
「いえ、身寄りを探している方やたとえ身寄りがあっても、遺骨の引き取りを拒否されている方もおられます」
「身寄りがあっても拒否されている!」
「そうです、いろいろ事情があるのでしょうが・・・・・・」
「そういう方は、その後どうなるのでしょうか?」
「ある一定期間お預かりして、身寄りが無い方、引き取り手の無い方は、自治体の無縁塚に埋葬されます」
「そうですか・・・・・・」私は、棚にびっしりと置いてある骨壺の、そのおひとり、おひとりにこの都会で過ごした人生があったことを思い、早くおひとりでも引き取り手が見つかり安心して眠られるよう願うばかりだった。
結局何か月経っても徳さんの遺骨の引き取り手は見つからず、無縁塚に埋葬されることになった。当日、私は自治体の職員と一緒に無縁塚に向かうと、その無縁塚の場所は、徳さんが、かつて公園の池いる蛙の子供を、バケツに拾い森に放してやった場所だった。
「徳さん良かったね、徳さんの好きな森だよ、こんな良いとこに移してもらって、もうひとりじゃないよ、みんな一緒だから」私はそう言って、徳さんの遺骨をその場所へ納めた。