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沙耶/義理の妹

僕の義理の妹、沙耶には最近、彼氏ができたらしい。冷静でしっかり者の彼女が、今ではすっかり浮かれている。リビングでスマートフォンを握りしめ、彼氏と話す様子を見ていると、僕は何とも言えない気持ちになる。


沙耶は大学一年生。真面目で勤勉、何事にも感情を表に出さない子だった。それが今、僕の目の前では、満面の笑顔を浮かべ、声を弾ませて彼氏と電話している。まるで、知らない誰かがそこにいるような感覚さえ覚える。


「うん、うん、そうだね……あ、それで、週末の映画だけど、どっちがいいかな? 私はどっちでもいいけど……うん、じゃあそれで!」


会話の内容は平凡だけど、彼女の表情はとても楽しそうだ。まるで彼氏とのやり取り一つひとつが特別なものに感じているようだった。沙耶はよく笑う。いつも冷静沈着な彼女が、今では電話をするたびに顔を赤らめ、声を弾ませている。そんな彼女の変化に、僕はちょっと戸惑っている。


僕は特に用事もなく、リビングの片隅で本を読んでいたが、気づけば彼女の様子に目を奪われていた。義妹が幸せそうな姿を見るのは、決して悪い気分ではない。だけど、少しだけ居心地が悪いのも事実だ。彼女が僕には見せたことのない表情や声色を、別の誰かに向けている。それが、義兄としての立場なのか、それともただの家族としての感情なのか、はっきりとわからない。


電話を終えた沙耶は、満足そうにスマートフォンを机の上に置いた。彼女の顔にはまだ笑みが残っていて、その頬はわずかに赤らんでいた。


「楽しそうだね」


僕は何気なく声をかけた。沙耶はびっくりしたように僕を見て、ちょっと恥ずかしそうに視線をそらした。


「あ、うん……まあ、ね」


その返事は短く、言葉に少し照れが混じっている。普段の彼女なら、こんな感情を見せることはほとんどない。義妹としての彼女はいつも冷静で、感情をあまり表に出さないからだ。


「彼氏のこと、好きなんだな」


「……そりゃあ、好きだよ」


彼女は軽く返してきたが、その頬はさらに赤くなった。僕はその姿を見て、少し胸がチクッと痛んだ。義妹が恋をして、誰かと幸せそうに話している。その事実を受け入れるのに、僕は少し時間がかかっているのかもしれない。


「いいんじゃない、楽しそうで。あんまり浮かれすぎなければさ」


冗談っぽく言ってみたけれど、沙耶は真剣な表情を見せた。彼女はスマートフォンを見つめ、ゆっくりと答えた。


「うん、わかってる。浮かれすぎないようにするよ。でも、今はすごく楽しいんだ」


その言葉には、彼女なりの決意と真剣さが込められていた。沙耶がこれほどまでに誰かを大切に思い、恋愛に真剣に向き合っているとは、正直、思ってもいなかった。普段は冷静で感情を押し隠しているような彼女が、恋に夢中になっている姿は新鮮だった。


「そっか、まあ応援してるよ」


僕はそれ以上何も言わず、本に目を戻したが、心の中ではまだもやもやしたものが残っていた。沙耶が彼氏と話しているとき、その幸せそうな姿が僕には眩しく見える。彼女が誰かと笑い合い、特別な時間を共有している。それを見ていると、僕は少しだけ寂しい気持ちになる。義妹である沙耶が、僕の知らない誰かの世界に足を踏み入れている気がしてならない。


それでも、彼女が幸せそうにしているのは良いことだ。沙耶が笑っている姿を見ると、僕も少しだけ安心する。恋愛は僕にはまだ遠いものかもしれないが、彼女の幸せな姿を見ると、いつか僕もそんな感情を抱く日が来るのだろうか、とぼんやり思う。


沙耶は再びスマートフォンを手に取り、メッセージを確認している。おそらく彼氏からの返事だろう。小さな笑みが浮かぶと、僕はまたその音を聞きながら、ため息をついた。


「まあ、いいか」


僕は小さくつぶやき、自分の気持ちに整理をつけながら、また本に集中しようとした。それでも、義妹が幸せであることに変わりはない。それが僕にとっても、少しだけ嬉しいことなのだから。



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