009
この仮想世界を生み出した人物が遊佐創一朗である。謎多き天才で名前以外の情報はほとんど明かされていないが、仮想世界へのフルダイブ技術を飛躍させたとこで知られている。
「遊佐創一朗の存在がなければ、あと数十年は不可能だった技術なのよね?」
「そうみたいです」
「今回のことも遊佐創一朗が考え出したことなのかな?」
「……分かりません」
脳と電気信号のやり取りを実行する機械を頭に覆う必要はあるが、プレイヤーがリラックス出来る姿勢になるゲーミングチェアとして『YRK-03G』は登場した。
「名前が型式の『YRK-03G』だなんて、実験的な考えがあったのかもしれないわね」
「『YRK-03G』?」
「それも知らなかったのね」
「……すいません。仮想世界を体験するだけのつもりだったから」
「それで、よく入手出来たわね?……司が会社の人に頼んだ様子もなかったから、ゲーム内で会ったときは驚いたわ」
「ハハ、ちょっとツテがあって」
サクラの父の会社が『YRK-03G』に出資していたこともありサクラたちは入手することが出来たが、一般の販売経路からの入手となれば倍率は凄いものになる。
「天才には名前なんて大した問題じゃなかったのかもしれないわね」
「……そんなことはありませんよ」
カナメは微笑みながら小声でサクラの言葉を否定した。その言葉が明確にサクラに伝わることもなく、『何か言った?』とサクラが聞いても『何も言ってませんよ』とカナメに返されてしまう。
「あっ、あと、俺からはお礼を言わせてください」
「お礼?」
「はい。一つは、俺を誘ったことに謝罪するくらい悩んでくれたことです」
「それは、もちろんよ。あなたは体験だけしてゲームには参加しないって言っていたんだから」
「そうですね。……でも、ゲームに参加させられて自分たちも混乱している中で俺のことを考えてくれた。それが嬉しかったです」
「……そうね。自分たちも大変だけど、司を巻き込んだことを一番に後悔した」
「ユリさんとナデシコさんにも、ちゃんと伝えておきます」
誰もが最優先で自分たちの置かれた状況を嘆いている中で、サクラたちはカナメへの謝罪を一番に伝えてくれた。そのことをカナメは素直に嬉しいと感じている。
おそらく明日以降は自己中心的な考え方をするプレイヤーを目にする機会が増えるのだろうが、この三人は違うと思えることがカナメには嬉しかった。