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現実の時間で22時くらいのはずだが街を歩くプレイヤーの姿は見つからず、前日までの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。
現在かなりの人数がログインしているはずだが、おそらく各自の拠点から動いていないのだろう。
「……今日の発表について打ち合わせでもしてるのか?」
その日の19時にアップデートされた詳細がゲームにログインしている参加者に向けて実施されていた。アップデートされる情報も一週間前に入ったばかりであり混乱もしていたが概ね好意的に受け止められていた。
カナメは私用でログインしておらずリアルタイムで発表を聞くことが出来なかったが、この静けさの理由は他に見当たらない。
「クリアボーナスで入手した重要なアイテムが他のゲームでも使えるって言ってたけど、そんなに重要なものなのか?」
カナメは市販されたゲームに参加するのは初めてであり、人生初のゲームがVRMMORPGというのも無謀な挑戦であったのかもしれない。
切望されていた完全な仮想空間を体験出来るデバイスの発売が予想以上に早まったため、無理やり間に合わせた感の強い『New Theory』というソフトは仮想空間を体験するだけのものでしかなかった。リリースから短時間で『New Theory』にゲーム要素を加えてアップデートすることにはなったが、期待感は薄くクリア特典で盛り上げている印象だった。
「もともと内容よりもクリア特典の方に関心があったみたいだから仕方ないかもしれないけど、こんなに入念な準備が必要になる?」
街中にプレイヤーの姿はなくてもAIで動いているNPCは存在している。
話しかければ当たり障りのない会話をすることは出来るが、カナメは目を閉じて視界から入る情報を遮断した。
「……そんな呑気な感じじゃないかな。……空気が重い」
再び目を開けたカナメは自分の発言に苦笑いする。
「空気が重いって……。俺の周囲にある空気は、この世界のモノでもないのに」
NPCは一人で話しているカナメをチラチラと見ていたが、当のカナメは全く気にしていなかった。この場で感情を持って動いているのは自分だけであると考えているので一人語りを楽しんでいる。
「……でも、ちゃんと感じられているのは悪くない」
カナメは今日の発表がゲーム参加者たちが望むものではなかったことを感じ取っていた。
フルダイブを実現するVRデバイスが一体となったゲーミングチェア『YRK-03G』が作り出した仮想世界の中でカナメは覚悟を決めていた。