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「それじゃあ、ジョブ選択してみましょうか」


必要な買い物が終わって、次に連れて行かれたのは町中の練武場だった。

ある程度大きな町には必ずあるというこの練武場は、その町の住民だったら銅貨一枚で丸一日。住民外なら同じ銅貨一枚で、受付で渡される砂時計一つ分の時間利用出来るそうだ。この砂時計はそこそこ大きく中身の砂もたっぷり詰まっているところを見ると、おおよそ一時間は測れるだろう。周りを囲んでいる木枠も、半分づつ赤い木材と白い木材で分かれているから誤魔化しも難しい。

そして、他の利用者から距離をとって場所を決めた途端に、とても良い笑顔のシャルロットからそれを促された。


「シャルロット、あたしもジョブ選択は良く分からないんだけど、聞いてもいいかい?」

「ええ、もちろん! クラリス、生まれつきのジョブだから一度も自分で選択する必要なかったものね」


羨ましい事だと言うシャルロットは、本心から言っているのだろう。それは、きっとこの世界の人々からすると共通の認識だ。特にクラリスは上級職の双剣士だから、ノービスで生まれてくる方からすると二段階も上のジョブになる。この世界初心者の俺だって凄い事が分かるくらいだ。

そんなクラリスに教えられる事があるのが嬉しいのか、シャルロットはニコニコの笑顔のまま説明してくれた。


「と言っても、難しい事なんて何もないの。創世竜様に願い出るだけなのよ」

「創世竜に願い出る?」

「ええ。口に出しても、心の中で思うだけでも、それが創世竜様に届けば選択肢が現れるわ」


創世竜とやらを信仰していない俺の願いが聞き届けられるのかは懸念事項だが、やってみない事には始まらない。確実に届くように、声に出して言ってみる。


「ジョブの選択肢を」


見せてくれ? 出してくれ? 選ばせてくれ?

どう言うのが伝わりやすいだろうかと一瞬悩んだ間に、フワッと風が吹いた。

風に引き出されるように目の前に現れたのは、向こう側が歪んで見える透明な板。そこに、「剣士」「騎士」「魔術師」の文字が浮かんでいる。文字だけがはっきり見えて、透けている向こうの景色は夏の日の蜃気楼のように流動的だ。

思わず惹かれて手を伸ばす。真ん中に浮かんでいる「騎士」の文字に指先が触れた途端に、その上にもう一枚板が浮かび上がった。途端に、後ろの景色と同じように「剣士」や「魔術師」の文字も泳ぐ。そして新しく出てきた板には、「長剣 大剣 槍」と「剣術 槍術 騎馬術」の文字が浮かぶ。


「驚いた。選びたいジョブが装備出来る武器やスキルが見れるのか」

「そうなの。誰も彼もが、ジョブの詳しい情報を知る事なんて出来ないけど、そのおかげで迷った後に選んでから後悔するって事がないのよ。もちろん、適性がないジョブについては人に聞くしかないけれど……何も分からないまま選ぶよりずっとマシでしょう?」

「確かに」


一度指を離して、次に「剣士」を触ってみる。出てきたのは、「長剣 短剣」「剣術」の文字。

未練はもちろんある。だからこそ、この「剣術」の文字を目に焼き付けた。


「俺は、魔術師を選ぶ」


もう情報を見る必要はないと、「魔術師」の文字は触らずに選んだ結果を創世竜に伝える。途端に、さっきよりも強い風が吹く。今度は、そこにさっき杖や装飾品を装備した時のような魔力を感じた。

風が止むと、新しい板が現れていた。そこには、「杖 宝石装飾品」「攻撃魔法 回復魔法 バフ」とある。しかし、確認した途端に空気に溶けるように消えてしまった。


「おめでとう。これでジョブが魔術師になったわ。後で、エルヴに変わったステータスを見せてもらいましょう」

「おめでとう、アスター。なんというか……感動的だった」


分かりやすく自覚があるわけではない。けど、クラリスに持ってもらっていた杖を受け取ると、さっきよりも手に馴染む。杖や指輪を通して巡る魔力の量が多くなったようだ。


「まだ時間はたっぷりあるし、魔法の使い方も教えましょうか?」

「ぜひ、頼む」

「クラリス、相手をしてもらってもいい?」

「もちろんだ」


頷いたクラリスが少し離れていくのを見送って、シャルロットは俺の隣に立つ。そして杖を、両手で大切そうに握ってその柄に額をつけた。

祈りの姿のまま、その口からは歌が零れる。言葉ではない、けれど何かに語りかける短い歌が終わるまでに、杖についていた青葉が枯れていき、また新しい新芽が生えてきた。


「ウォーターガン」


不思議な光景の最後に、シャルロットは技名らしきものを呟く。同時に、杖の先から水の塊がいくつか作られてクラリスに向かって飛んでいった。ガン、と言っていた通りの速さで飛んでいった水の塊を、クラリスは軽やかに避けたり、腰に佩た剣を抜いて切り捨てたりする。やはり、見事な腕前だった。


「エルヴのやり方とは違うんだな」


クラリスに切られて落ちた水の塊が地面を濡らした跡を見ながら尋ねると、シャルロットはウフフと笑いながら詳しく説明してくれる。


「みーんな、やり方は違うの。共通しているのは、最後に術名を言うところ。その前にしているのは魔力を練り上げる事なんだけど、ほら、集中出来る方法ってみんな違うでしょう? だから、魔力の練り上げ方もみんな違うの」


もちろん、慣れてくれば技名だけでも魔法は発動する、と言った後に、またウォーターガンとだけ呟いて同じようにクラリスに向けて水の塊を飛ばす。クラリスも、同じように自分に向かってくる水の塊を全て避けるか切り落とすかした。


「誰か師匠がいる場合は、その師匠と同じ方法の事もあるわ。私の詠唱も、多くのエルフが使う方法で、母に教えてもらったの。他には、決めておいた動作をするとか、魔法陣を書いたりする人もいるわ。魔法陣だったら、予め紙か何かに書いておく事も出来るから便利よ」


説明の最後に、念のために用意しているのだと、ローブの内側から取り出した一枚の紙を見せてくれた。キラキラと緑のインクが神秘的に光る魔法陣は、詠唱の歌と同じようにエルフに伝わる方法で書かれたらしい。想像していたような円の中に文字や図形が書かれているような形ではなく、大きく枝葉を広げる木とその枝の下に滴り落ちるように文字らしきものが書かれている。なんとなく、この文字のようなものはあの歌と同じ意味があるのだと分かった。

その紙を返すと、何か詠唱になりそうな言葉は知らないのか、クラリスの方から尋ねられる。少々距離があるのに、興味深そうにこっちを見ているのが分かるくらい目が輝いていた。


「……思いつく言葉が、ないわけじゃない。シャルロット、術名とか種類とか、他に知っておいた方がいい事は?」

「そうねぇ、自分の魔力属性、かしら? アスターは、さっきジョブ選択をした時に風が吹いたでしょう? つまり、風属性の魔力という事よ。とは言っても、他の属性が使えないわけではないから安心してね」

「風属性か……」

「ええ。後は簡単。詠唱で練り上げた魔力に名前を与えて、魔法という形を作り上げるの。どんな魔法にしたいのかをしっかり想像して、それに相応しい名前をあげれば、後はなるようになれ、よ」


よく物語に出てくる火や水じゃなくて想像しづらい、なんて思っている場合ではなかった。今まさに難しいと思っていた「想像」を簡単そうにサラリと流されて、深く尋ねる事も出来ないままさあ初めての魔法の発動をしてみましょう! とクラリスの前に押し出される。相対するクラリスも相変わらず爛々と目を輝かせていて、今更待ったは効かないだろう。

さっき鑑定をしてもらう前にも、同じ事があったなぁ……だなんて、自分が頭でっかちで不安症なのだと自覚させられて、ついやけっぱちになってしまった。

シャルロットの言った通り、後はなるようになれ、だ。魔術師になった。スキルにも攻撃魔法とあった。今も握りしめる杖からは魔力を感じる。きっと、どうにかなる。


「由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ ゆくへも知らぬ 恋の道かな」


一息に読み上げた歌は、確かに俺の魔力を練り上げた。それは杖の先の石が光って証明してくれて、俺は出来ると確信を持たせてくれる。


「鎌鼬」


自信いっぱいに発した術名の直後、まるで爆発したかのように吹き荒れた風に振り回され、俺は一日ぶりに無様な倒れっぷりを披露した。

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