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エルヴは、俺を警戒している割にしっかりと説明をしてくれた。未だ被ったままのフードでまともに顔も見えないが、何も知らない俺に対して呆れか同情のような感情も混じってきているように思える。生真面目な性格にそれが合わさっての、この丁寧な説明だろう。

ジョブとスキルについて一通り終わったからか、俺の鑑定を始める雰囲気になる。


「ノービスがジョブを得るには、自身の適性を知る必要がある。つまり、賢者のジョブを持つ者からの鑑定が必須だ。各地の神殿か役所には必ず一人はいるはずだが、それも知らないんだな?」

「ああ、知らなかった。ということは、今鑑定してもらったらもうジョブを得られるのか」

「適性があればな」


リュカへ目配せをして、頷いたのを確認してから杖を構えたエルヴは、まだ質問があると言ってももう聞かないだろう。

身の丈の木製の杖。先端はぐるりと弧を描いて、途中にいくつかの大振りの鉱石が嵌まっている。重そうで、振り下ろすだけで十分な攻撃になるだろうそれを、軽々と高く掲げられるのも魔法の一部だろうか。

特に呪文の詠唱なんかはなかったが、杖を掲げ始めてから嵌まっている鉱石が震え、だんだんと回り始めた。全てが回り始めると僅かにシャラシャラと音が聞こえる。誰も話さず静かだからというのもあるだろうが、石ごとの音が聞き分けられるくらいになると、唐突に石が回転を止めた。


「鑑定」


エルヴが言うのと同時に、自分の身の内から何かが抜け出ていくような感覚がした。かと思えば、目の前に木板が現れる。エルヴの杖の木と同じ質感の木だ。そこに、細かく俺のものらしい情報が刻まれている。ただし、HPやMPを抜きにしても見慣れなさすぎる情報ばかりだ。


「……ふむ、名前はアスター。歳は十六。ノービスらしいステータスだな。少しHPが高いくらいか。適性は、剣士、騎士、魔術師……武術系ジョブと魔法系ジョブどちらも適性があるのは珍しい」


どうやら、この木板は俺とエルヴにしか見えていないらしい。他の面々は、エルヴが読み上げる内容を聞いているが、エルヴは細かい数値の全ては言っていない。面倒臭いのか、プライベートな事だからか。

俺は、エルヴの声を聞きながら、木板の一番上、名前と年齢とジョブが並んでいるところをぼんやりと眺めた。


アスター/16/ノービス


本当に、見慣れない文字の並びだ。俺の名前はアスターではないし、年ももう少し上だった。昨日、気づいて気づかないふりをした違和感の正体がこれではっきりしてしまった。十六歳となればまだ身長が伸び切る前だったから、服や靴のサイズが合わないのも当然だろう。

……腕を無くす、直前。

喜ばしい事だ。年老いてヨボヨボになったわけでも、若返りすぎて満足に生活する事すら出来ないなんてわけでもない。ほんの数年の差で、ほんの少し身長が縮んだだけ。そうは思っても、悲しくないのは分かるが、嬉しいかどうかまでは判別つかなかった。


「最後の、これはなんだ? おい、アスター」


呼ばれて、意識が引き戻される。見つめていた木板からエルヴの顔に視線を移すと、木板をよく見るためかフードをとった顔にはっきりと困惑が張り付いていた。


「ステータスの最後は、かかっているバフやデバフの欄だ。お前には、『片腕の呪い』がついている。説明には、剣と認識した物を握れなくなる、とあるが、こんなデバフは聞いた事がない! 何か心当たりは?」


改めて警戒し始めたエルヴから睨まれる。だが、そんな事はどうでもよかった。

剣と認識した物を握れなくなる? 冗談にしてはキツい。

信じたくなかったが、言われた木板の一番下にはしっかりと『片腕の呪い』の文字があった。


「……っ」


何か言おうとして、言葉にならない。思わず立ち上がると、椅子はガタンと音を立てて揺れたが倒れはしなかった。分厚く切り出された丸太や板を組み合わせただけのような粗雑な造りの椅子は重たくて、そりゃあ今の体重じゃ倒れもしないだろう。さっきはそれほどショックではなかったはずのその変化さえ、俺を動揺させた。

視線を下げると、みっともなくブルブルと震える左腕が目に付く。そこに何も無くなって、傷口の痛みも、対処しようのない幻肢痛も、まだ昨日の事だ。


「そ、れは、その呪いは! どうやって解く? 解けるのか? なんで、なんで俺が……なんで!」


気づけば、エルヴに掴み掛かっていた。

口をつくのは意味のない言葉ばかり。なんで、だなんてもう言い飽きる程言ってきた。だからそれを言っても何も解決しない事は身に染みて知っているのに、やはり言い慣れてしまった事がいけなかったのだろうか。

動揺は収まらず、まともな受け答えは出来ないと判断されたのか、ロイクによって少々無理矢理にエルヴから引き剥がされた。椅子に座らされて、もう暴れたりしないように肩を押さえつけられる。左の肩だ。大きな手に覆われた俺の肩を見て、その下に伸びる腕を辿る。指先までしっかりとついている。どこも欠けてない。


「……すまない。取り乱した」


力無い声で謝罪を溢して、改めて左手を撫でる。この短い間で何度目かの確認を終えて、周りを囲む面々からリュカを見つけて心配一色の顔を見上げた。


「腕を、怪我した事がある。しばらく動かなかったんだ。やっと、治ったと思っていたから……まさかまだ剣を握れないだなんて、考えてもみなかった」


エルヴが読み上げた剣士や騎士の適性も、本心から言うなら当然の事だと思っていた。魔術師の方が、さっき例に出したからフラグでも立ってたのかと驚きと新鮮さがあったくらいで、だからなぜか変わった名前や年齢ばかりを気にしていたのに。

そんな事よりもっと大事な事が、見てもいなかった一番最後にあった。

見上げていたリュカの顔が見れなくなる。このままだと、昨日助けられた事にまで文句をつけそうだった。


「エルヴ、その呪いの解き方は、書いてないのか?」


諦めかけた俺の代わりに、リュカがエルヴに問う。程なくして、エルヴは口を開いた。


「残念ながら」


必要以上に固い響きで聞こえた否定の言葉に、両手を握り締める。爪が真っ白になり、ギシリ、関節が悲鳴をあげると、そこに、温かく、けれど硬く乾いた手が被さった。


「なら、仕方ないね。アスター。魔法系ジョブの究極職、魔騎士になるんだ」

「……なに?」


やけに自信たっぷりに見えるリュカは、訝しむ俺に更にニッコリと笑って見せる。安心させたいのか、怪しまれたいのか、判断に困る笑顔だ。


「ジョブの階級は、基本職、上級職、その上に究極職に分かれる。究極職には私の勇者以外に魔騎士と狂戦士があるが、努力のみでそこに至れた人間はこの数百年全くいない。だが、究極職の者がデバフにかかった記録もない。かつて同じ時代にいずれかの二人がいた記録はあるが、魔騎士が勇者にデバフをかけようとしてもかけられなかったとある。逆もそうだ。つまり、君が魔騎士に成れば、その呪いとやらも剥がれる可能性がある」


リュカの顔には、喜びしか浮かんでいない。察するに、現在この世界で唯一の究極職として感じていた寂寥感が、俺が同位職に成れば薄れると思っているんだろう。そして俺自身は剣を振れるようになるという、一石二鳥。そりゃあ笑ってしまうだろう。

努力で至れた人間のいない境地。正直出来る気はしない。でも、一度死んで、二度目のこの生もこのままじゃなんの意味もない。


「なら、やるしかない……。ちくしょう、やってやるよ、クソッ」


選択肢は、ない。覚悟は決まった。

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