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イニャス皇子は、それこそ避難してきた皇族のためにあるような、この規模の町に見合わない高級宿に泊まっているらしく、翌日まで新しく絡まれることはなかった。おかげでレナエルに伝えたとおりにポエットのところを訪れられたが、店の前に辿り着いてから呼び出される理由に思い当たるものがないと気づいた。
「ポエット、来たぞ」
考えても仕方ないのでそのまま店に入る。今日は、ポエットだけが店の中にいてレナエルも見当たらない。それどころか俺が来た途端に茶を淹れ始め、ふたり分の茶菓子まで用意してある。見るからに不穏な様子に、店の中に入るのを躊躇った。
店の中に入ろうとしないのを分かっていたように、直後に手招かれて入らないわけにはいかなくなる。茶の用意された座敷に座るには靴を脱がなければいけないが、それがすぐに逃げられないようにされているようで気に食わない。
「警戒心が強いね。取って食いやしないよ」
さっさと座れと座敷を叩かれて、溜息をひとつ吐き出した後に大人しく靴を脱いで乗りあがる。ジッパーなんて便利なものもない世界の、旅人用網上げブーツだ。少々重た目ではあるが歩きやすい代わりに、脱ぐのも履くのも手間がかかるのでこの後逃げ出そうとしたら靴下で走っていくしかない。
「今日は何の用だ」
「せっかちだねぇ。言ってた水の魔法は成功したのかい」
「一応は。数日置いてから症状の出る中毒性もあるから分からないが、一日経っても無事ではある」
「せっかちの上に心配性なのかい。難儀な性格してるじゃないか」
「自分でもよく知ってる。でも、そうじゃなかったらここまで来てない」
「そりゃそうだね」
ひとつ頷いて、ポエットは茶菓子を齧る。
「手紙は? 結局出すのかい」
「そのつもりだ。けど、郵便局は大きな街にしかないんだろう。しばらくは無理だろうな」
薬を受け取るときに尋ねていたこともあって、話を覚えていたポエットに確認すると今度は軽く二回頷かれる。
手紙に限らず郵便は、銀行と同じく大きな街にある郵便局で受け付けていると教えてもらった。それ以外の町や村から出す際は、行商人などに金を払って頼むことも出来るらしいことは聞けたが、そこから居場所が特定出来ない同じ旅人のところにどうやって届けられるのかは聞けなかったので迷っているのもある。なので、ひとまずは郵便局がある街まで行って直接確認することを目標にするつもりでいた。イニャス皇子のこともあってそう悠長にしていられなくなったが、それをポエットに言う必要はないだろう。
「あんたには全然教えてやらなかったからねぇ……これを見な、アスター」
相変わらず薬以外も入っているらしい引き出しの一つから、ポエットが手紙を取り出した。すでに封を切られているが、しっかりとした封蝋までしてある真っ白な封筒だ。
「あんたと森に行った後、急ぎで王都に出した手紙の返事だよ」
森に行ってから今日で五日目。行商に手紙を預けたとしても、返事が来るまでとなると時間が足りない気がする。ポエットが俺に言っていないことがまだあったようだ。
「こういうのはね、魔法使いに頼むんだよ。特に、あんたと同じ風使いにね。やつらは空飛ぶなり手紙だけ飛ばすなりであっという間に届けてくれるから便利だよ。あんたも覚えりゃいい」
「今後の参考にしよう。それで、この前教えなかったことを今教える意味は?」
「この返事が来る前に、あんたに勇者様方と連絡を取られちゃ厄介だったからね。でも、おかげで必要なことは聞けたよ」
手紙の中身を直接俺に見せる気はないのか、それそのものはまた同じ引き出しにしまわれた。ポエットはそのまま、脇に置いてあった猟銃を俺たちの間に横たえさせる。
「アスター。あんた、騎士団に行ったときに銃兵たちとは会わなかったそうじゃないか。なのになんで、こいつを見て驚かないんだい?」
問われていることがすぐには理解出来ずに、そこにある銃を眺めて黙ってしまった。それをポエットは、やましいことがあると思ったのか顔をしかめるが、それでもじっと俺の答えを待っている。
銃を見て驚かなかったことを怪しまれているということは、銃は一般的なものではないのだろう。ポエットの出自や今の会話を思い出せば、騎士団や軍関係者でないと持てないのかもしれない。リュカたちが持っていないことは周知のことなので、となれば俺が銃を知る機会は騎士団の訓練に参加させてもらったとき以外にはない。
「俺が騎士団で銃を見ていたかどうかを、手紙で確認したのか。けど、なぜそんなに気にするんだ? 銃を知っていることが、そんなに悪いことなのか?」
「悪いに決まっているじゃないか。銃ってのはね、そりゃもう厳しく管理されてるんだよ。国軍か領軍に所属しなきゃ触れられるもんじゃない。銃を扱えるジョブはいくつかあるけど、正規軍に所属してなきゃ意味のないもんさね」
言い切って、ポエットは握りしめた拳で銃の横をドンと叩く。
「あんたが銃を知ってるってことは、どっかの領の軍の紐付きか、最悪は賊に流出させた馬鹿がいるって可能性にもなるんだよ。さ、分かったらキリキリ吐きな。事と次第によっちゃ、容赦しないよ」
厳しく問われて、改めて答えに困った。なんで銃を知っているかだなんて、言えるはずがない。
だが、犯罪者とつながりがあると思われたくはないし、きっとどこぞの軍の紐付きだと思われても厄介なことになるだろう。リュカは国を代表する存在。その傍にいるのも国軍の軍人たち。そこに、どこぞの軍からスパイが紛れ込んでいるとなればその領主の謀反まで疑わなければならない。そんなありもしない陰謀に巻き込まれる面倒は勘弁願いたい。
困り切った末に、結局嘘をつくことにした。ポエットを騙しきれる自信はなかったが、正直に話しても信じられるわけはないし、それなら嘘をついたとしても変わらない。
「銃そのものを見たことはなかった。けど、絵で見たことがあってどんなものかは知っていた」
「絵、ねぇ。どんな絵だい? いつ、どこで見た?」
「図書館で。リュカに相談して、エリーズ様を紹介してもらった。皇都にいた間は、ほとんどエリーズ様の図書館に通っていたから、そのとき読んだ本の中にあった。ただ、読んだ本が多くてどの本にあったかまでは覚えてない。必要ならまた手紙で確認してくれ」
エリーズ様まで利用するのは心苦しかったが、図書館で本を読み漁っていたのは違いないし、エリーズ様に勧めてもらった本以外にも自分で探して読んだ本もあるから、確認されてもエリーズ様を騙すことにはならないと思い込んで自分を誤魔化す。
俺の決死の言い訳をどう受けとったのか、ポエットは今までじっと俺を睨んでいた目を一度伏せて、また上げた。
「分かった。今は信じるよ」
「……いいのか?」
「そもそも、あの賢者の坊やまでいて勇者様御一行に加わることを許してるくらいだからね、あたしら外野が何言っても無駄ってもんだよ。まったくヤだねぇ、老婆心なんてもんが出る年になっちまったよ」
はーあぁ、とわざとらしい溜息。それからズズズと音を立てて残った茶を啜るので、俺も肩から力が抜ける。
「あんたがどこから来た何者なのか、気にしてる奴は多いよ。騎士団でも話題になってたそうだ」
「そりゃ、そうだろうな」
言われてみればその通りだ。好意的に迎えてもらえていたが、それと俺の素性を気にしないのは別の話だ。納得して頷くと、ポエットも呆れたように目を回す。
「分かってるならいいんだよ。この先、皇都から離れれば離れるほど、勇者様のご威光も届かないところもあるからね、気を付けるんだよ」
あれだけ厳しい目で見てきたにも関わらず、結局はこちらに気を使って優しいことを言ってくるポエット。それがどうにも面白くて、我慢出来ずに笑ってしまった。




