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周りを、泡ガニが飛ばす泡が取り囲む。そこに突っ込んで泡を割り飛ばしながら走った。なるべく杖や腕で割るようにはしたが、いくつか頭からかぶったりもする。森に飛び込むころには、泡ガニの毒で手足がしびれて感覚がなくなっていた。
森の中、泡ガニの追撃もなくなったことを確認出来るところまできてポエットとふたりで座り込む。休む間もなく、目で見ていないとどう動いているのかも分からない手で、荷物を漁った。探すのは、朝ポエットから渡された毒消しだ。
「くそ、沈んでる」
内ポケットなんてものもついていない、袋に布紐がついているだけといってもいい鞄は、物を出し入れするたびに中身の位置が入れ替わる。今日も何度か水の出し入れをしたせいか、水筒以外のものも動いて中身がぐちゃぐちゃになっていた。その底に沈んでいた薬袋を引っ張り出して、丸薬を口の中につっこんだ。
毒消しを飲み込んだからと言ってすぐに効いてくるわけでもない。目の端でポエットも毒消しを飲んでいることを確認すると、今度こそ地面に倒れこんで、まどろみながら体を休めた。
リラリアの町に辿り着いたのは、日が沈んですぐのころだった。出来れば夕方までに着きたかったが、俺もポエットも効果が強すぎるという毒消しの副反応に時間を食ってしまった。
「今日はお疲れさん。また三日後に店に来な。薬を用意しといてやるよ」
「分かった。ポエットもお疲れ、助かった」
きのこはそのまま薬に出来るわけではなく、数日干さないと材料にはならないそうだ。なので、最短で薬が出来上がる日まで少しかかる。どうせ俺はまた明日は宿から動けないだろうし、ほかにやりたいことも出来た。指定された日付はちょうどいい。
ポエットとあいさつを交わして、疲れた体を引きずりながら宿に帰った。
翌日はこの町に着いた時と同じように、最低限しか部屋から出られなかった。
一日薄い布団に沈み込んで回復を待つ。今回は初めての魔力切れだったが、感覚としては体力が尽きたときとそう変わりはなかった。強いて言うなら、体力が尽きたときは吐き気だとかの胴体の不調があるが、魔力が切れると頭痛や耳鳴りがすることだろうか。
これも突き詰めて考えると魔力の発生源などの研究が出来そうだが、今はそれより優先することが山ほどある。すっかり休んで気持ちよく目覚めた、森に行ってから二日目の朝、目の前に現れたジョブの昇級が出来ることを知らせる風の塊、だとかだ。
「……早くないか?」
俺は、ジョブの昇級とはもっと様々な経験が必要なものだと思っていた。
一番最初にエルヴに説明してもらった時、スキルレベルについての話があった。だから、ゲームのように経験値をためてスキルレベルの数を増やし、特定の数を越えたら昇級する。本人のレベルではなく、スキルのレベルに左右されるのも、上級職の種類によってそれぞれのスキルに要求されるレベルの数が違うのだと考えていた。
しかし、俺が想像するような数字で表されるようなレベルは鑑定してもらった時にはどこにも表示されていなかったし、その後自覚出来るようなこともなかった。まだレベルが上がってないのだとも考えていたが、今こうして昇級出来ることを知らされているということはスキルレベルについて俺の認識が間違えていたのかもしれない。
ただ、そこらへんは俺ひとりで考えていても答えは出ないので、いずれ調査するものとして覚えておく程度にする。なんにせよ、今はジョブの昇級について考えるべきだろうと、目の前に浮かぶ風の塊に意識を移した。
すでに懐かしくも感じる、文字の泳ぐ板状の風。今回はそこに、「幻術師」「精霊師」「賢者」「祈祷師」と浮かんでいる。
「幻術師は、まあ、いいか」
今の魔術師と同格の幻術師は、魔術師よりも魔力が多いと選択出来るとかだったはずだ。今回出てきたのは、魔力の成長も筋力と似たようなもので、魔力切れになるまで使った後に大きく増えるからだろう。だが、それだけでは興味が湧かない。
幻術師を抜かして、上から文字を選択して確認していく。
まず精霊師は、装備品に「杖 宝石装飾品 植物装飾品」とある。これは魔術師と変わらないようだ。それからスキルには「攻撃魔法 回復魔法 バフ 精霊術 馬術」と、精霊術やらと馬術が増えている。
精霊術がどんなものかはここでは分からないので置いておくとして、馬術はなかなかいいのではないだろうか。旅を続けるにあたって、やはり徒歩では限界がある。今後早く進めるようになったとしても、徒歩では町から町へは最短でも一日から二日はかかるらしい。町の滞在時間を最低限にしたとしても皇都を中心にした皇領を出るだけで一か月以上かかる。この広い大陸は、それでは回り切れない。今まで馬に乗ったことがないので皇都から出るときは馬に乗る選択肢はなかったが、このスキルがあるだけで馬に乗れるようになるならどこかで馬を調達するのもありだろう。
その次、賢者はエルヴと同じジョブだ。「杖 長刀 宝石装備品」とあり、この長刀の時点で賢者は選ばない。スキルにも「攻撃魔法 回復魔法 バフ 剣術 鑑定」とあって、剣に対する未練を引きずっている身としては、それに関わるジョブは最上級職の魔剣士になれるまでならないと決めている。鑑定が必要かも少しだけ考えたが、今も理屈を抜きに剣に飛びつきたい衝動を抑えているので、やはり選べはしないだろう。
「いつか、必ず。そうでなきゃ……」
剣術の文字が泳ぐ部分を撫でる。未練たらしいと思わないこともないが、諦めた結果この世界に来るような馬鹿をしでかしたので、この未練を捨てたらまた今いる世界からも逃げ出してしまうかもしれない。さすがにそれは駄目だろうと分かっている。
気を取り直して、最後の祈祷師だ。これはシャルロットと同じジョブだったはずだ。装備品は魔術師や精霊師と同じ「杖 植物装飾品 宝石装飾品」。シャルロットは、杖は植物製だったし、見えるところにつけている装飾品にも宝石や金属由来のものはなかったはず。しかし、こう見る限り結構自由度は高いらしい。そして肝心のスキルには「攻撃魔法 バフ デバフ 回復魔法 蘇生魔法」とある。バフはいくつか考えているが、魔力量に比例する攻撃力が通用しているうちはデバフにはそれほど必要性を感じなかった。
しかし、蘇生魔法とはなんだろうか。単純に考えれば、死者を蘇らせるのだろうが、それこそそんなゲームのようなことが本当に可能なのだろうか。
スキルの詳細が分からないことがもどかしい。昇級の選択肢に出ているということは、今後いつでも変更は可能なはずなので適当に選んでもいい。だが、もし祈祷師を選ぶとしても、この蘇生魔法だけは詳しい効果を知ってから使いたい。
「シャルロットに聞ければすぐすむのに、遠方の相手と気軽に連絡が取れないってのはもどかしいな。手紙を出すにしても……今あいつら、どこにいるんだ?」
リュカたちと別れてしばらく経つ。彼らの移動手段は知らないが、俺よりもよっぽど遠くまで進んでいるだろう。たとえ手紙を届けられたとしても、帰ってくるまでを考えると俺もこの町を出ているだろうし、やり取りは難しいはず。旅人同士の連絡手段は、全くないのだろうか。
「ポエットに聞いてみるか」
どうせ明日会うのだし、きっと案外面倒見のいいポエットなら教えてくれるだろう。ジョブの昇級はそれまで置いておくとして、今日中にしておきたいことはほかにもある。
俺はポケットに小銭を押し込んで、魔法を使うのに必要な装備だけで宿を出た。




