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俺は剣士だ、剣を振らせろ!  作者: 寝巻乃朝子
修行するための修行がしたい
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泡ガニは、沼の半周分はその淵を埋め尽くしている。時々水面が、藻を跳ね上げるほど揺れるので、泡ガニの天敵というモンスターともしっかり喧嘩しているらしい。

泡ガニのいないところ、となると木や茂みで簡単には歩けないし、いずれにせよ子育て期で気の立った泡ガニの近くを通るだけで攻撃の手は向けられる。

そういうわけで、俺たちは泡ガニを蹴散らしながら、そのど真ん中を走り抜けていた。


「ほらほら坊や、遅れるんじゃないよ!」

「っ分かってる! うかりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを……颪!」


魔力について少し理解が深まったからか、小さな魔法を五つまで、杖の先端にストックしておくことが出来るようになった。何もしなければそのままばらけた方向に飛んでいくが、魔法名まで唱えると、ある程度の指向性を持たせることまで出来る、というのは今さっき土壇場で気づいたことだ。

正面の泡ガニに向けて散弾銃を、それこそガトリングもかくやの勢いで打ち続けるポエット。ひしめき合っている泡ガニは、狙わなくても当たるのでそれは適当でもいい。まともに当たれば、堅い個体の甲羅は撃ち抜けなくとも体そのものを弾き飛ばすほどの威力だ。走り抜ける道はそれで十分に作れる。

俺の仕事は、弾き飛ばされただけでまだ生きている泡ガニへの追撃や、そもそもポエットの狙いの範囲ではない横から飛んでくる泡を消し飛ばすこと。だから颪の方を多用しているが、進むごとに泡を飛ばしてくるやつが増えるせいですでに周囲は泡で覆われている。見ようによっては幻想的だろうが、当たれば毒にかかるとなれば気は抜けない。


「うかりける 人を初瀬の 山おろしよ」


定期的に大きめの颪で邪魔な泡を一掃しているが、気流が出来ればその分残っている泡が流れ込んでくる原因にもなり、目に見えた成果にはつながらない。一番大きなサイズを打ち出せればちょっとはマシかもしれないが、あれは颪だろうと鎌鼬だろうと自分自身にまで及ぶ影響をなくせていないから、走りながらではとてもじゃないが使えない。

加えて、この沼は本当に大きい。ようやく密集地の端が見えてきたが、そこに辿り着くより先に俺の息が切れて魔法が打てなくなりそうだ。


「はげしかれ、とは……っお、おも……っは」


ぜぇはぁと、自分の呼吸の音がうるさい。ひきつる横隔膜を精一杯に伸ばして息を吸って、必死の思いで呼吸の合間に小さな魔法を打ち出すのが精いっぱいになってきた。あと少しでカニのいないところに出るというのに、足元が悪い中を走ることさえ覚束ない。

気づけば、ポエットとの距離も離されていた。

俺は、諦めて立ち止まった。ポエットのおかげで周りの泡ガニとは少し距離があり、やつらも警戒して簡単にはこちらに近づいてこなさそうだ。浮かんでいる泡だって、こちらが動かなければふわふわと漂っているだけで簡単に触れそうにはない。

ゆっくり、息を整える。地面についた杖にもたれかかって、泡が触れる直前まで、近づいてきたカニのはさみが触れる直前まで。

遠くで、泡ガニの密集地を抜けてようやく振り返ったポエットが、後ろに俺がいないことに気づいてなにか叫んでいるようだったが、自分の呼吸と心臓の音で、何も聞こえなかった。


「しのぶれど 色にいでにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで」


杖にもたれたまま、なんだったらしゃがみこんでしまえるようほとんど足の力も抜いて。


「台風」


新しい魔法は、今まで以上に使いどころを選ぶものになった。

杖についた小さな方の石、オニキスまで光ったことは今までにない。いつもは水晶だけが光っていた。でも、今はどちらもが光って、あふれる魔力でバチバチと音を鳴らしている。練り上げられた魔力が風に変わって、急激に大きくなる。広がって、広がって、俺を中心に渦を作った。

そうして出来たちいさな台風は、見事に俺の周りの泡ガニを巻き上げ、その渦の中で泡ガニ同士がぶつかって甲羅を砕いていく。

しかし、俺はまともにその様子を見れていなかった。台風の目では、急激な気流の変化が起こる。気象現象としての台風でのそれが、このちいさな台風の目の中で凝縮されているとなると影響も大きかった。下がった気圧のせいで目の奥がちかちかして、呼吸までままならない状態ではやっぱり立っていられなくなり、杖にすがってしゃがみこんだ。


「アスター! 無事か!?」

「無事、だと思う……」


台風は、俺を中心に綺麗で大きな円形状に泡ガニを蹴散らした。どれくらいの時間発動していたか分からないが、たぶん、そんなに長い時間ではない。でも、戻ってきたポエットにのんびりと体の状態を確認されていても平気なほどには、周囲の泡ガニはいなくなっていた。

酸素の足りなさと気圧変化による頭痛でくらくらするが、杖を支えに立ち上がる。泡ガニがまた集まる前に移動しようと促されて、ゆっくりだが歩き出した。


「足元気をつけな。あんたのとんでもない大技のおかげで、そこら中カニの残骸だらけだよ」

「ああ、すまん」


もともと、水辺でところどころぬかるんでいた。石が転がっているとかではなかったから、そのぬかるみに足を取られないよう気を付ければよかったのだが、台風に巻き上げられて落ちてきた泡ガニの残骸が石の代わりに足元を悪くしている。ポエットはそんな中でもすたすた歩いていくが、俺は俯いて地面を見ながら、逐一杖か足で邪魔な残骸を退けて歩いた。

そのせいで、周りへの警戒を怠った。


「アスター……避けな、アスター!」


何かに気づいて叫んだポエットがまた俺の襟首をつかんで、さっきよりも強く引く。疲れ切った俺がそれに抵抗出来るわけもなく、勢いのままに地面に引き倒された。

何事かと顔を上げると、ポエットの頭をかばうように上げている右腕から、煙が立っていた。そして、溶けた肉のかけらが、目の前に落ちてくる。


「立てるかい、アスター。走るよ」

「……分かった」


言わなければいけないことも、やらなければいけないこともあったと思う。だが、なによりもまず、走ってこの場を切り抜けることが先だった。

疲労で震える足を叩いて走り出したとたんに、森の方から雨のように何かが打ち出されてくる。地面に落ちたそれは煙を上げて、その場を溶かしていた。さっきの、臆病だというあの虫の体液だ。

泡ガニの残骸の範囲も抜けて、ぬかるんだだけの地面をしばらく進んでも、まだ虫からの攻撃は降り注いでいる。このままいくと、俺たちの目的であるきのこまであのなんでも溶かす体液の被害にあうだろう。


「ポエット! 先に行って、きのこを確保してくれ!」

「……死ぬんじゃないよ!」


ポエットは止まった俺を走らせるよりも、言われたとおりに手分けすることを選んだ。なにか言いたげではあったが、それを言わないでくれた信頼には応えなければいけないだろう。

虫からの攻撃は、大半が俺を狙っている。ポエットを追って飛ばされるものもあるが、ごくわずかな量の上にポエットの速さに追いつけていない。あれならきのこのところに辿り着く前に止まるだろう。


「しのぶれど」


小さな台風とは、どんなものだろうか。まったく想像つかなかったが、やけくその詠唱の結果生まれたのは、さっきの台風と大きさだけは同じで風の厚みはとても薄い風の塊だった。

存在している時間はほんの一瞬。飛んできたのが液体だから防げたのだろうが、物理的な攻撃だったら突破されていただろう程度の強さ。これも使いどころの研究が捗りそうではある。

その小さな台風で防いだ一瞬の隙で、俺は森の方へ走った。沼に入れば泡ガニがいるだろうし、元来た方に戻っても泡ガニからの攻撃に悩まされるだけでやつらは遮蔽物にすらならない。

俺が逃げられる場所は、そこしかなかった。

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