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3

ポレットと約束をしたのは、翌日の朝一番だった。宿の朝食にも間に合わない早朝だったから、残っていたエネルギーバーを齧りながら向かったら、それを知らなかったポレットに興味を持たれた。


「あっまいねぇ。あんた、こんなの平気な顔して食べてたのかい」


残っていた二本のうち一本を渡してみると、文句を言いながらもぺろりと食べきるから、もう一本を出してみたら遠慮なしに持っていかれる。


「この町には、そういうのはないのか?」

「ないね。ここはもっと味気ない、芋だの豆だのの粉を丸薬作る要領で丸めた奴が幅を利かせてるんだよ。安心しな、他の町にはあるだろうからさ」


いそいそと二本目を鞄にしまい込み、かわりに取り出した小さな袋を投げ渡された。


「毒消しだよ。昨日あんたに渡したのより強いやつだから、下手に使うとむしろ毒だ。いざってときのために持っときな」

「分かった」

「よし、行くよ」


森の入り口には申し訳程度の木の柵が取り付けられていて、そこに厳重に有刺鉄線が巻き付けられている。町の入り口には大きな門があったが、それも木製だった。同じ、この森で一番多い木が材料のようだ。

柵を越えると、空気が変わったように感じる。毒が空気にも溶けているような、肺に重たく感じる淀み方だ。


「しばらくはただ歩くだけだよ。でも、この人が歩いた跡は逸れないようにしな。苔やら菌類やら、踏んだら毒をまき散らすようなのがそこら中にあるから」


答え合わせが来た。本当にそこらじゅうが毒まみれの、厄介な森のようだ。

しかし、言われたとおりに人が踏み固めて地肌が見えているところだけを歩けば、そう大きな問題はなかった。空気は重たいが、もとから体が弱いとかでなければそれだけで体調を崩すことはないらしい。

状況が変わったのは、周りに見える植生が少しだけ変わった後だった。今までは木と茂みばかりの、見た目だけは普通の森のようだった。しかし、その茂みが減り、蔦と苔、きのこも増えている。その蔦の葉の影に、小さな実が生っていた。苔ときのこはなんとなく分かるが、あれも毒か薬になるのだろうか。


「ほら、危ないよ」


植生の観察に気を取られていると、まさに今見ていたような実がある蔦の葉の裏から、今まで見たモンスターに比べたら小さな虫が体液を飛ばしてきた。ポエットに襟首を引かれて飛んできた体液は避けられたが、反対側に生えてきた苔の上に着地した体液は、分かりやすく煙を上げて苔を溶かす。そのうえ、溶かされた周囲の苔まで毒の粒子を撒くものだから、吸わないように慌てて袖を口に当てた。


「面倒だね。走るよ」


肩を叩いて促されて、走り出すポエットの後に続いて走る。何度か飛んでくる虫からの追撃をかわして、連鎖的に撒かれる苔やきのこからの粒子が落ち着くまで、結構な距離を走った。




やっと攻撃が落ち着いたところで足を止めて、息を整える。ポエットは俺ほど呼吸を乱していないが、水をがぶ飲みしている。


「面倒をかけてすまん……」

「あの虫は仕方ないやつさ。臆病で姿を見せないくせに、何が刺激になって攻撃してくるか分からないんだからね。あんたは気に入られちまったようだね?」

「困る……」

「あっはっは!」


豪快に笑ったポエットに、背中を強めに叩かれる。背負う方の鞄は宿に置いて、最初の鞄に最低限の必要なものを入れて提げていたのが悪かった。

走ってきた間に、さらに苔ときのこが増えている。まだしっかりと根を張って立っている木までびっしりと様々な苔に覆われていて、まともに手をつく場所もない。ここでもまだ人の歩いた跡が続いているから、リラリアの薬師の熱意が窺い知れる。


「さて、走ってきたおかげでもうすぐ例のモンスターの縄張りだよ。ここら辺からかち合うこともあるから、杖を構えときな」

「分かった」


ポエット自身も、猟銃をすぐに構えられるように持ち方を変える。弾も確かめ、何も言わずともふたり揃ってまた進みだした。


「今更だが、俺の攻撃は風魔法ばかりで、周りへの影響も大きいんだが」

「ああ、大丈夫大丈夫。あたしも散弾ばっかりで、いっつも苔の毒まき散らしながら戦ってるからさ」

「それは、大丈夫というのか……?」

「気分悪くなってきたら毒消しを飲む。だから大丈夫さ」

「あんた、周りから嫌われないか?」

「そんなことないよ。この町であたしほど戦えるやつはいないから、ほかのやつも結果は似たり寄ったりさ」


鼻歌まで歌う余裕があるのは、良いことと思っておきたい。だが、それはそれとしてマスクになるような布を用意してこなかったことを、とても後悔した。

それから言われた通り、いくらも歩かないうちにカサカサと足音が聞こえてきた。おそらく三体分、地を這っているような低いところからの足音の後にわずかに残っていた茂みが揺れる。


「え、カニ?」


姿を現したのは、赤紫色のカニだった。高さはないが、甲羅が広く大きい。


「泡ガニだよ。あの口から出す泡に毒性があるから、気をつけな」


言いながら、ポエットが一発撃つ。避け損ねた真ん中のカニの甲羅に命中して、散弾だと言われた通り飛び散った弾がいくつか右隣のカニの足にも当たった。

動きが鈍ったカニに向かって、杖を構える。練習していたときのように、魔力の流れに集中する。


「由良の門を」


極小の鎌鼬だ。カニだけに当たるように狙ってみたが、発動までに時間をかけてしまったせいでそれが避ける時間になったからか、半分しか当たらなかった。それでも倒すことは出来たが、残った半分のせいで苔から毒が飛ぶ。


「上手だねぇ。詠唱もしないで魔法が出るんなら上出来だよ」


やっぱり余裕そうに、軽く撃ったポエットの弾はしっかりと残りのカニに当たった、口から泡を飛ばす寸前だったが、それもパチンパチンとはじけて消えていく。


「今のは偵察部隊で、まだ若い個体ばかりだから簡単だったけど、もっと年取った個体は甲羅も硬くなってるから一発じゃ倒せない奴もいる。ま、めげずに数で勝負だね」

「なるほど。なんとかしてみる」


単発で大きくするのもあり、細かくたくさんするのもあり、ということであれば小さくするよりよっぽど得意な方だ。ただ、周りへの影響は大きそうだから、すぐに薬を飲めるように昨日買った毒消しを鞄から上着のポケットに移した。

そこから道を外れて、苔を踏みしめながらカニが来た方に向かって進んだ。足元からふわふわと毒が浮かび上がってくるが、口元まで届く前に進んでいるからなんとかなっている。少しでも足を止めると口の中に苦みがにじんでくるので、度々うがいをして誤魔化した。

そうしているうちに数匹のカニを倒して、ついに棲み処に辿り着いた。藻が浮いている大きな沼だった。


「やっぱり数が多いね。子供のころは沼の中にいるけど、成体になると子供を守るとき以外は陸上にいるのが特徴なんだよ。で、あたしらの目的のもんは沼の対岸に見えるきのこさ。成体のカニの餌だからこっちっ側のは食い尽くされてる。あっちはあっちで別のモンスターの縄張りなんだけど、カニの子供を狙うやつだからこの時期は沼の中でドンパチやってるよ」

「カニを避けて沼を回り込むのか」

「そう。天敵のモンスターを警戒した、子育て中の気が立ったやつらさ。厄介だよ」


沼が大きすぎて、その淵を回り込むだけでも距離がある。森の中を進んでいくにしても別のモンスターを倒していかなければいけないだろう。沼の水辺にわさわさといるカニを見ているだけで気が滅入ってくるが、何が飛び出してくるか分からない森の中に入るよりはマシだというのはよく理解出来た。


「じゃあ、背中は任せるよ」

「は? おい、話が違う!」


死角を潰せばいいとか言ってたのは、どこのどいつだ。

言いおいて飛び出していくポエットは前しか見ていなくて、つい舌打ちを漏らしながら慌ててその背中を追いかけた。

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