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リラリアの町に到着したのは、予定通り皇都を出てから六日後だった。誤算だったのは、さすがに昼間のうちに到着するだろうと考えていたが、実際はほとんど日も沈んだころだったこと。それから、あまりにも疲れていて、翌日は宿の部屋から食事以外で出られなかったこと。体力を、つけなければいけない。




丸一日休んで、ようやく少し回復したので町の散策と人探しに繰り出した。

薬の生産が盛んだというだけあって、そこら中に薬屋がある。薬の材料だけを売っているところから、完成した薬を売っているところ、個人の体質や病状に合わせた薬を調合してくれるところまで様々だ。ただの雑貨屋や食料品の店にまで、薬やその材料が置いてあるのにはいっそ笑ってしまった。

ただ、町全体が薬師といってもいいくらいだからか、病院は診療所が一軒だけだった。

その中で、俺は一軒の薬屋を目指す。何の変哲もない、この町で一番多くあるタイプの店だ。出来合いの薬も扱っていれば、個人に合わせた薬の調合もする、そしてその材料は自身で調達しに行く人が店主の個人店。


「ごめんください」


想像と違わない、壁一面の引き出しと小さな小上がりがある店内に、想像と違って人はいなかった。

店内は複数ある床置きの行灯で煌々と照らされて明るいが、代わりにランプ以上の数が天井から吊るされた、薬の材料だろう植物が視界を塞ぐ。さすがにその間に紛れているようなことはなさそうだが、かといって建物の奥に進むための扉も見当たらないので、店主は本当に店を空にしてどこかにいってしまっているらしい。


「不用心かよ……」


店が閉まっているのならまた後日出直していたが、もしかしたらすぐに戻ってくるつもりでほんの少し席を外しているとかなら待っているほかない。少し迷って、ほかに椅子なんかも用意されていないので小上がりに腰掛けさせてもらい、店主を待つことにした。




頭を叩かれて、耳元で鳴ったバシンという良い音の方が痛みよりも衝撃が大きかった。驚いて起き上がると、目の前には中年の女性。その肩には立派な猟銃を担いでいる。


「あんた、あたしの店でなにのんきに寝こけてるんだい?」

「……すまない、店主を待っていたんだが、うっかりしてしまった」


どうやら、俺は待ちくたびれて眠ってしまったらしい。だが、それも仕方ないだろう。この店には昼過ぎに来たはずなのに、すでに窓の外は日が落ちて夕方であることが察せられる。

防犯もかねて待っているつもりだったので、眠ってしまったことは失態ではあるが、元はと言えば無防備に店を開けっぱなしでどこかに行っていたこの人が悪いだろう。


「ま、いいさ。それで? あんたは客かい?」

「店に来る奴は客だろう」

「そうでもないさ。他ならともかく、あたしの店に来る奴の中には客じゃない奴もいる。あんたみたいな旅人なら、特にさ」

「客には違いない。……アントンの紹介では、あるが」

「ふん、だろうね」


町の入り口に近いところ、宿の周辺に大きな薬屋がいくつかあった。ただの旅人なら、そちらに行ったのだろう。こんな商売っ気のない、粗末な看板で店内も簡素で客を迎えるにふさわしい作りでないところは、余程酔狂でなければ初見の人間は訪れない。

俺がリラリアを目指すと知ったアントンは、是非とも、とこの店主を紹介してくれた。その理由は、今彼女が持っている猟銃にある。この薬屋は、元国軍所属の軍人。しかも最前線に出ていくような、武闘派だった、ということだ。


「欲しいものはなんだい?」

「毒消しを。それと、腹下しに効くやつも」

「毒はまだ分かるけど……腹下しだって? なんだい、その年でおなかが緩いだなんて大変だねぇ、坊や」


あからさまに嘲りを見せながら、店主は小上がりの中心にある囲炉裏にかかる鉄瓶に水を足した。それから慣れた手つきで棚から材料を取り出し、天井から吊るしてある草の束から葉を毟り、薬研に放り込んでいく。

アントンの紹介と聞いてから、態度が悪くなった。それでも薬を作っていく手元に迷いはなく、あっという間にひとつ目が出来上がって俺の前に置かれる。


「どうせ森が目的なんだろう。それなら、必要な毒消しったらこれだよ。で? 腹下しってのはどんな時になるんだい」


手早く薬研に残った薬剤の残りを片付けながら、疑いを隠さない目でこちらを見てくる。どうやら、態度の悪さはアントンだけが理由ではないらしい。


「なるかは分からない。俺は魔術師になったばかりで、これから旅を続けるために必要な、飲み水を作る魔法を覚えようとしている。だが、まだ魔法の扱い方がへたくそだからな、飲めない水を作ってしまう可能性もあるだろうから、先に腹下しの薬を準備しておきたかった」


旅支度のための本には、魔法が使えるなら必ず飲み水を作る魔法を覚えるようにとあった。初心者向けの魔法の本には、どんな属性と相性が良くても、自分の飲み水を作る程度の簡単な魔法なら誰でも覚えられるとあった。

それでも俺は不安症で、習得するまでの過程で失敗して、自分で作った水が原因で体調を崩すのではないかと思うと簡単に試すことは出来なかった。

この世界に来て、運がいいのか食べ物や飲み物で体調を崩したりはしていない。しかし、今後もそうである保証はない。皇都周辺の水だけ体質にあっているという可能性もある。それも踏まえると、中毒症状のための薬はいくらあってもいいだろう。


「ふぅん、慎重なんだねぇ……そういうことなら分かった。薬を用意してやるよ。と、言いたいところだけど」


店主は、鉄瓶で沸かしていた湯で茶を淹れて、それを自分と俺の前に置く。態度と言動のちぐはぐさに、その茶を飲んでいいのか逡巡してしまった。


「材料がない」

「時期が悪いのか?」

「そうさ。今はちょうど森の奥で、モンスターの繁殖期が終わった時期なんだよ。数の多い子供に気の立った親の相手なんて、誰が好き好んでするってんだ。でも、そいつらの棲み処のもっと奥にしかない素材もある。あんたが欲しい薬に必要な材料のひとつもそれさ」

「ほかの店にもまったくないだろうか」

「今じゃなければ町のどっかの店にはあっただろうね。でも、今は森の奥で採れる素材が軒並み涸れるころだ。残ってたとしても、それとは別の毒消しに必要になるもんだから、出しちゃくれないよ」


淹れてくれた茶は、薬効があるものなのか独特な味がする。店主はそれを飲んで顔をしかめて、一番手近な引き出しの一つから、薬ではなく菓子を取り出した。それを投げてよこしながら、じいっと俺をねめつける。


「あんた、どこまで戦える?」

「魔術師になったばかりだと言っただろう。皇都からここまでひとり旅は出来たが、体力が追いついてない。六日もかかった。でかい攻撃魔法だけなら、いくらか自信はある」

「なら十分だよ。あたしの補佐してほしいだけだからね」

「一緒に行くのはいい。むしろありがたい。けど、大丈夫なのか、俺で」

「数が多いだけだからいいんだよ、誰だって。あたしの死角を潰してくれりゃいいんだからね」


茶を飲み干して、菓子を齧り、店主は傷の多い親指を立てて自分を指さした。


「あたしはポレット・ガヌルラン。銃士だよ。火薬に興味あっただけだってのに、こんなとこまで来ちまった物好きさ。あんたも、わざわざアントン坊やが紹介してくる酔狂なんだろう。お手並み拝見、楽しみにさせてもらうよ」


挑戦的に笑うポレットに、ちょっとわくわくしてしまったのは秘密にしておきたい。

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