修行するための修行がしたい
「エリーズ様、大変お世話になりました。もし、また会えることがありましたら、エリーズ様のおかげで得た知識で、もっと強くなっていることをお約束します」
「はい、どうか、ご無理なさらず」
出発する日、今まで通りの時間に挨拶のため図書館に来た。
出迎えてくれたエリーズ様は、分かりにくいけど不安で仕方なさそうだった。俺がどうとかではなく、本人が戦えない故の不安に見える。きっと、リュカが旅立つときも同じ顔をしていたに違いなく、これも理由で、リュカはイニャス皇子を連れて行かなかったのだろう。
俺には、この不安を消してやれる言葉はない。
結局、少しだけあと引く気持ちを残して、俺は皇都を旅立った。
さて、皇都を出てから三日が経った。
単調に歩き続けるだけ、それも夜は野宿。となると体力的にどこまで出来るのか未知数だったので、休憩は必要以上に取るようにしている。そのせいでリラリアまで四、五日程度の道のりを六日はかかる速度で進んでいた。
皇都を出て二日目の昼過ぎまで進む間は石畳が引かれていたし、そのあとの道も十分踏みしめられて石ころもない。馬車の轍はもちろんあるが、その程度は気にならないくらい歩きやすい。
半面、山を越えるときのように頻繁にモンスターが出てくるということはなかった。これだけ人の気配がするところに近づいてこないことには納得するが、ひたすら歩き続けるだけでは飽きてくる。この二日を耐えて、いよいよ限界だった。
「わたの原 八十島かけて こぎいでぬと 人には告げよ あまのつり船」
「わたの原 八十島かけて こぎいでぬと 人には告げよ あまのつり船」
「わたの原 八十島かけて こぎいで……これは多いか? えー、わたの原……」
耐えかねて始めたのは、結局魔法の練習だ。朝は、無言のまま杖や装飾品を通して魔力を巡らせる、魔法使いの初心者向けの本にあった方法をとっていたが、それはあまり俺には合わなかった。必要以上に集中力を使ってしまって、足元がおろそかになった結果ちょうど行商人とすれ違う時に転んだことで、やり方を見直すことにした。
つまりは、これも魔法の発動プロセスと同じだ。詠唱とは、体内の魔力を安定して同じ形に整え、魔法という結果に変えて外に放出するためにある、と俺は解釈している。だから魔力を形作らずに巡らせることを目的とした詠唱を作ればいいのだと。
本にあった方法は、自分で意識して一定の魔力を巡らせることでその感覚を頭で覚えるためのものなのだろう。しかし俺は、正直頭で考え続けるのは苦手だ。ひたすらの反復練習で体に覚えこませる方がよっぽど良い。
そして、初めて杖と指輪を通して魔力の流れを感じたときと同じ感覚を、詠唱で再現出来るようになった。あとは、常に一定の魔力が流れるように固定出来れば目論見通りなのだが。
「わたの原 八十島かけて こぎいでぬと 人には告げよ あまのつり船……やっぱりちょっと多くなるな? これが仕様なのか?」
俺は魔法の発動に必要な魔力は、一定の量が杖に流れて行って詠唱の間にたまっていくから、長い詠唱だと強い魔法になるのだと思っていた。
しかし実際は、杖に魔力がたまることはない。杖を通して巡る魔力が詠唱が伸びることで多くなり、発動者の任意の瞬間に魔法を発動している、らしい。
「検証してみるか」
……ひとりきりの道中だと、口数多くなってしまうのは仕方ないか。
街道を外れて、林の中に入る。するとあっという間にモンスターに囲まれた。
虫型のモンスターが二種類。口のはさみが巨大化した蟻と、同じく蟻だが翅がついていて飛んでいるやつだ。巨大なはさみがついたやつはそのはさみが重たいのか動きが鈍いが、代わりに飛んでいる蟻がちょこまかと動き回ってその遅さを補っているようだった。
「うかりける 人を初瀬の 山おろしよ」
そもそもモンスターだからか、犬猫くらいの大きさだというのもうっとおしさを上げているが、蟻らしくとにかく数が多いのが何よりも面倒くさい。なので、ひとまず一番数が固まっているところに中くらいの颪を放って吹き飛ばす。周りに木が多いおかげで、颪だけでは倒しきれなくても木に当たって倒れてくれた。
「はげしかれとは 祈らぬものを」
歩きながらの詠唱を繰り返したおかげで、攻撃を避けるために動きながらでも時間をかければ詠唱出来るようになったのは嬉しい副次効果だった。
もう一度起こした颪のあと、残った蟻は全部で四匹。はさみが一の翅が三。思ったよりも数が少なくなって、ちょっと楽しくなってしまった。
翅の蟻は動きが速いとはいえ、俺が走って追いつけないほどではない。林の中というのもあって、たくさんある障害物を使えば攻撃を避けるのも簡単だった。
「よ、いしょ、っとぉ!」
「ギぃ……!」
「もう一発だ」
翅の蟻を一匹、杖で殴り飛ばし、木に当たって落ちたところで今度は杖の石突で翅を貫いた。片方の翅に大きな穴が開いてはもう飛ぶことも出来ない。似たような流れで、残りの二匹の翅も使えないように攻撃した。
今度はこちらが動き回って、飛べなくなった翅の蟻とはさみの蟻を少し開けた場所にまとまるよう誘導する。おそらく以前誰かが戦った後なのだろうその場所でなら、俺が大きな魔法を使って影響が出ても今更だろう。遠慮せずに、ゆっくりと詠唱を唱えた。
「由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ ゆくへも知らぬ 恋の道かな」
今までで一番集中して、俺の体から杖へ流れる魔力を意識した。やっぱり、流れていく魔力量がだんだんと多くなっている。
魔法は杖の先のあたりから放たれるが、詠唱中その部分に魔力はたまってはいない。俺が今この魔法を撃つのだと詠唱を切った瞬間に風の塊が形作られる。
鎌鼬は、翅の蟻を二匹両断した。巻き込んで切り倒した木がはさみの蟻を下敷きにして、残りの一匹は足の一本だけを切り落とされて運よく生き残っている。
「由良の門を」
それをちょうどいいとみて、今度は短く詠唱をした。小さな鎌鼬だが、足も翅も欠けて動きの鈍い蟻を倒すには十分だ。
この短い詠唱でも、さっきと発動の仕方は変わらなかった。魔力量の増減と合わせて、これが魔法の仕様ということでいいのだろう。
詠唱をすると杖に変化が現れる。俺の杖であれば石が光るし、シャルロットの杖は成長をした。エルヴの杖の変化は、石が動くことでいいのだろうか。そういう変化があるから、俺はそれを魔力がたまっていることの表れだと思ったが、実際は魔力が流れ込んでいることを表している、ということだ。
「この仕様だと、無言で魔法を発動させるのは難しいか……」
蟻たちのなにが素材として売れるのか分からない上に、数が多いのもあって回収は諦めた。そのまま街道に戻って、また歩き出す。疲れているが、止まる気になれなかった。
歩きながら、考え続ける。
いつかは変化の表れない杖を持って、まったくの無詠唱で相手に悟られずに魔法を発動させられないかと考えていた。努力のみで至ったもののいない境地に辿り着くには、それくらい必要だろうと。
しかし、今回試してみて分かったのは、なによりもまず、発動したい魔法の名前を言わなければならないということだ。シャルロットが最初に説明してくれていたが、初心者向けに基本的な説明だけをしているのかと思っていた。しかし、実際はそれが魔法の原則だった。
無言で杖に魔力を流すことは出来る。ただそれだけで、魔力が魔法という結果に変化することはない。
俺は諦めて、ひたすら流れる魔力量を安定させる訓練だけに努めた。




