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いよいよ皇都を出る前日。
エリーズ様に勧められるままに旅や魔法に関する本を読んで、知識面では準備万端。あとは必要なものを買い込むだけ、ということで平民向けの商業区にやってきた。役所から請け負った放牧地のモンスター駆除だけで十分な金も稼げたから、良いものを贅沢に買い込んでやろうと意気込んで来たはいいが、出鼻をくじかれた。
なにせ人が多すぎる。
ずっと図書館と役所か、その間あたりにある飯屋にしか行っていなかったから、はじめての繁華街には圧倒されてしまった。図書館にも役所にも様々な人がたくさんいたが、繁華街はその比ではない。大通りでの馬車が通るスペースはあるが辛うじてといったところで、ともすれば轢かれそうになりながら、人も馬車も上手い具合に互いを避けている。あれを俺が出来る気がしない。
ほしい物を売っている店を探すところからはじめなければいけないのに、まずそれができなくて大通りから逃げるように小道に入って、露店ばかりになった中を客引きにつかまらないように進む。
露店で売っているのは、加工されていない食料品や小さな装備品が多い。特に装備品は、消耗品の類として数がいる投げナイフと矢が大部分で、今の俺には関わりないものばかり。その中から必要なものを探す間に五倍以上買わされそうな売り込みが煩わしくて足が向かなかった。
「あまりにも買い物が下手……」
無駄に時間ばかり消費していく。
実はこの後、昼から人と約束をしている。それまでに必要なものを揃えなければいけないのだが、そろそろちゃんと店に入らなければ時間が無くなってしまうころだ。悩んだ末に、大通りに戻る方へ足を向けた先で目に入った露店は、他とは少し品ぞろえが違った。
「ご興味あおりで? どうぞごゆっくり見て行ってくださいね」
店主は随分年取った男だった。小さくなった体に曲がった腰で、雑多な商品の奥に埋もれるように座っているせいで存在感がない。このガラクタか商品か危うい品々が他とは違う雰囲気でなければ気づかなかっただろう。
並んでいるのは、手鎌なんかの小さな農機具に、ブーツや手袋に、アクセサリー類。はじめは農家の出稼ぎかと思ったが、アクセサリーは植物系も宝石系もある退治人向けの装飾品だ。しかも、おそらく使い手を選ぶ癖が強い系統の魔力を感じる。ほかの店と違って最初の一言以外にはこちらに声をかけてくることもないし、あまりにも店主の素性の知れなさにそっと顔を伺うと、待っていたかのように口を開いた。
「お探しのものはありました?」
「いや、容量の大きな鞄、背負う形がいいんだが、そういうのはないか?」
雑多な品のすべてを確認することはできないので、もしかしたら見えないところに埋もれているかも、と聞いてみる。すると店主は、骨と皮だけのような細い腕をゆっくりと持ち上げて、ブーツがあるあたりをかき分け革の塊を引きずり出した。
「うちにあるのはこんなのですねぇ。いかがですか?」
考えていたより一回りは小さくて、古臭くて使い古された鞄だった。
「それは水濡れにも強いですよ。ちょっとやそっとの雨じゃ負けません。軽くて、ぴったりと背中に合わさってくれます」
「多分、モンスターと戦うのに投げたりすると思うんだが」
「ええ、ええ、そうでしょうねぇ。もちろん大丈夫ですとも。なんせ遠く、海の先、魔族の国から来た革で出来た鞄です。傷だってそうそうつきませんよ」
露店では支払いをするまで商品に触らせないことがほとんどだが、この店主は珍しく先に鞄を持たせてくれた。促されるままに中まで見て、容量や質感を確かめる。古臭く見えたが、使い込まれている分だけ革が柔らかくなって手に馴染んだ。
「そんなに珍しいものなのか。手入れ方法は?」
「難しいことはありません。ほかの革ものと変わりませんよ。水に濡れたらしっかりとふき取って乾かす。週に一度か二度、通常の革用の保湿剤を塗る。あとは……強いて言うのであれば中身を詰め込みすぎない方がいいですね。肩紐との縫い目はやはり少々傷みやすいですから」
前の町でシャルロットとクラリスと買い物に行ったとき、斜め掛けの鞄は買っていた。薦めてくれたのはシャルロットで、あの時はまだ一緒に行動するとも別れるとも話に出ていなかったから、ずっと一緒に行動する想定でごく個人的な着替えを入れる程度の大きさの鞄を選んでくれていた。
しかし、ひとりで旅するのに食料だとかを入れるには小さすぎる。そういうわけで新しく容量の大きな鞄を探しに来たのだが、この鞄を見て容量よりも丈夫さに心を惹かれてしまった。
「では店主、この鞄をくれ」
「はい、ありがとうございます。銀貨で二枚です」
値段も想定より少し高い。とはいえ羽蛇駆除で稼いだ分でも余裕で払えるくらいは懐も潤っているから気分よく支払えた。
リュカやロイクから渡された金は、いずれ杖とかの装備を良くする時に大金が必要になることもあるだろうから使いたくない。だが、それを抜かすとモンスター駆除に関してはどこでもいくらでも仕事としてあるようだから稼ぐ方法は十分あって、わざわざ貯めておく必要はなかった。
「ありがとう、良い買い物だった」
「こちらこそありがとうございました。旅のご安全をお祈りしてますね」
店主に見送られながら、改めて大通りに戻る道を進む。人の数はあまり変わっていないように見えた。けれども、場所も分からない鞄の店を探せなくて積んでいたさっきと打って変わって、今は武器屋でも靴屋でも保湿剤とやらは置いてあるらしい。なるべく建物のそばを進んで、靴が並んでいるところに店の看板も見ないで飛び込んだ。
そうやって革の手入れ用具を最低限揃えて、昼飯も適当な屋台飯でとり、俺は約束のため乗合馬車で貴族街へと向かった。
「アスター! 久しぶりです。今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、俺の買い物に付き合ってもらって感謝します。今日はよろしくお願いします、アントン」
合流したのは、騎士団にいたアントンだ。
エリーズ様に皇都を出る日を伝えたあとすぐに、アントンからの手紙をエリーズ様伝いにわたされた。曰く、話したいことがあるから会えないかとのことで、指定されたのが今日だった。
元々、鞄は昨日よりも前に、羽蛇の駆除帰りにでも買いに行くつもりでいた。そして、今日は食料品だけをそろえるのに一日使うという予定だったが、アントンとの手紙のやりとりで騎士団に野営食を納品している店を紹介してくれるというので、それなら時間も浮くだろうしということで買い物をすべて今日にまとめてしまったというわけだ。
貴族街の入り口にある広場は、待ち合わせによく使われるらしい。なのに、さっきの人がひしめき合っていた大通りよりも人が少ない。賑わってはいる。けど、すぐにアントンを見つけられたくらいには見通しがいい。
「お話していた店はこの広場にあります。ひとりでの徒歩旅で、リラリアまで。その条件で必要そうな食料を揃えてもらっています。あとは直接見て、選んでください」
「助かります。ちなみに、騎士団の野営ではどんな食事をしているんですか?」
「主に干し肉、干し野菜、チーズと黒パンといったところです。騎士団といえど、ほかの軍と変わりないですよ。とはいえ、こちらは食料用の馬車を用意していますから、量だけはたくさんあります。ひとり旅となると少し事情が違ってきますが、これから紹介する店はそういった方にむけた物も取り揃えてますから、期待していてください」
自信ありげに笑うアントンの背中を追って、広場の周りに並ぶ建物の中でも立派な方の店へ向かった。
店内は、一階のワンフロアぶち抜きでいっぱいにさまざまな食べ物が並んでいる。食材から調理されたものまでそろっている様はなんだか見覚えがあった。
しかし、俺たちは店員に案内されるままそこを通り過ぎて、二階にある個室に案内された。個室と言ってもそれなりの広さがあり、真ん中に商品を並べた台が置かれている。アントンが頼んでくれていたとおりの保存食だ。
「徒歩旅は初めてとのことで、基本的な保存食を揃えました。それからこちらは、旅人向けの携帯食です。穀物粉や干し果物を混ぜて固めたものですが、固めるためにはちみつなどを使っているため大変甘くなっております。その代わり、とても栄養豊富で荷物を減らすことができます」
店員が紹介してくれたのは、いわゆるエネルギーバーだった。試食と言って渡されたひとかけらをかじると、確かに甘い。同じく試食を齧ったアントンは、甘さに顔をしかめている。けど、なるべく荷物を減らしたい身としては大変ありがたい存在だった。




