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数日後、エリーズ様に呼ばれて共に馬車に乗り込み、皇城に向かった。先日頼んだ事が、無事に叶えられたからだ。
行き先は城壁内に設けられた騎士団訓練場。国軍内の一部門である騎士団だが、その職務が皇族と皇城の警護であるゆえに詰所も訓練場も城壁内にあるらしい。国軍の詰所や訓練場は城壁に沿って流れる川と堀を挟んだ外にある。両者をつなぐ橋があるので、今日俺たちが通るのもそこだ。
国軍の訓練場に入るときに一度、橋を渡った先で一度、身体検査は念入りに行われる。もちろんエリーズ様は皇女なのでそんなものはない。
やっと辿り着いた訓練場内では、騎士団の副団長だという男が出迎えてくれた。
「お初にお目に掛かる。シュテファン・ヘロルト・レイゼクだ」
「アスターと申します。お忙しい中お時間くださりありがとうございます」
「何の。皇太子殿下が見染められた戦士の実力、皆楽しみにしておる」
「こちらこそ、胸をお借りして目一杯学ばせていただきます」
第五皇子の例もあるので警戒していたが、拍子抜けするほど和やかに挨拶が済んだ。騎士団の鎧を着込んでいたので手袋は外せないようだったが、痛まないほどに、だがしっかりと力を込められた握手からも悪感情はない。そして、紹介されるままに顔を合わせた騎士たちも、見定めるような目はしていたものの、睨まれる事すらなかった。
エリーズ様には、国軍の訓練に参加したいと伝えていた。それがどうしてだか精鋭で構成される騎士団の訓練に代わったので、得体の知れない人間だからと警戒されているのだと怖々やって来たのだが肩透かしを食らった気分だ。しかし、確かに考えてみれば、騎士団の訓練場とはいえ城壁内に怪しむ相手を招き入れるわけがないのだから、思っていたのとは真逆に好意的に見られているのもおかしな話ではないのだろう。
一人で納得しながら、早速始まった訓練に参加する。まずは準備運動をするのは変わらないようで、訓練場内を走り、柔軟運動をして、さらに腹筋やら腕立て伏せやらこれまた慣れ親しんだものが続いた。もちろん軍人の行うものだから相応に重たい量であっという間に息が上がるが、それでも必死に食らいつく。
「アスター殿はそれくらいで一度休憩を。さ、こちらに」
「……い、え。まだ、出来ます」
たかが準備運動で、振り落とされるわけにはいかないのだ。ここに来たのは、俺の有用性を証明するため。軍部に認められたなら、あんな権威を笠にきたなよっちい奴は文句をつけられるはずがないのだから。
しかし、シュテファン副団長はしっかりした声で否定をした。
「ここにいるのは十分に時間をかけて訓練を積んだ者たち、あなたよりも年上の者たちなのだ。彼らと同じ量の訓練を、まだ歳若く体の出来上がっていないあなたに強いるわけにはいかない。あなたは既に、十分出来る事を証明した」
再びこちらにと促された先に、エリーズ様がいる。観覧用に置かれた椅子に座っていて、その隣には同じ椅子がもう一つ。それが俺用らしい。
「あなたを試すつもりではなかった。しかし、結果的にそうなってしまった事を謝罪する」
「……どうか、そんな事を、言わないでください。これは、俺の意地、ですから」
きっと、シュテファン副団長も他の騎士たちも、俺がもっと早くについていけなくなると思っていたのだろう。しかし、予想以上に必死になって後に続くから、止めるに止められなかったはずだ。その程度の矜持が分からない人間が、国の最精鋭部隊に組み込まれるはずがない。
椅子に座らされて、エリーズ様から差し出された水を受け取る。息を整えてから、シュテファン副団長にあらためて大丈夫そうか確認をされた。
「ご心配をおかけして申し訳ないです。大丈夫ですので、次の訓練からまた加えてください」
「かしこまった。ではまた呼びに参るので、よく休んでいてくれ」
軍人らしく厳しい顔をしていたシュテファン副団長だが、それが少しだけ緩む。騎士たちが訓練する中に戻りながら、大きく声を張り上げた。
「諸君! 頼もしき若人に先を示せ! 不甲斐ない様を見せるでないぞ!」
「「「おおう!」」」
芯の通った強い声には、同じく芯の通った強い声で返事が返される。第五皇子の聞き苦しい喚き声とは違う心地のいい音だ。一層気合の入ったらしい騎士たちの様子には、たかが準備運動とは言えない気迫が篭った。それには感動まで覚える。
一口だけ飲んだ水の残りも忘れて見入る俺に驚いているエリーズ様には、これっぽっちも気づかなかった。
規定量の準備運動を終えてシュテファン副団長と一緒に俺を迎えに来たのは、魔法使い部隊の若手アントン。略礼だから家名は省略すると手短に伝えて、早速とばかりに預けていた俺の杖を手渡してくる。
「僕は皇太子殿下の御付きに選ばれたエルヴと同期入隊なのです。彼は天才でした。同じく皇太子殿下選ばれたあなたも、きっと素晴らしいお力をお持ちなのでしょう!」
努めて冷静にあろうとしているのだろうが、それでも早口に捲し立てられ返す言葉がすぐに出てこない。変則的ではあるが勇者一行に加えられたから好意的なのかと思っていたが、さらにもう一歩深く、ここに所属していたエルヴやロイクと同列に見られているからだったらしい。
「さ、さ、あちらに。ここからは魔法使いと前線部隊、別れての訓練ですから。魔法が打ち放題ですよぉ!」
「こら、アントン、待て、こら、アントン!」
シュテファン副団長が止めるのも聞かず、アントンは俺の腕を引いて的の並ぶ辺りに進んで行く。お堅いばかりでない事に気が抜けそうになるが、連れて行かれた先に待ち構えている他の魔法使いたちも、好奇心を隠そうとしないギラギラした目でこちらを見ているのであっという間にまた背筋が伸びた。
魔法練習用の的は、最初に訓練場を走った時にそばを通った。両腕を広げたよりも少し大きいくらいだったが、規定の立ち位置だと立たせられた位置からだと手のひらより小さく見える。的と言っても、薄い木板や同じ形になるよう束ねられた枝が立てられただけの物だ。おそらく魔法一発ごとに壊れても取り替えやすいようにされている。同じ並びに弓兵たち用の的も並んでいるが、あちらは丸太を輪切りにしたのかより大きさは少し小さいが厚みはあるので、何度も繰り返して使えるのだろう。
「若い奴が自制も出来ず申し訳ない。まだジョブを選んで間もないと聞いております。今出来る限りでよろしいので、得意なものを一つ、お見せください」
「分かりました。それなら出来そうです」
魔法使い部隊の上役だろう人が、子犬を押さえつけるようにアントンを背に押しやりながら言う。俺はそれに謙虚に返したが、むしろ気分は言質を取ったつもりでいた。
何せ、このために来たのだ。体力のあるなしなんてのはついででしかなく、魔法使いとしての能力を示すために来た。
初めて魔法を使った日、シャルロットもクラリスも、大げさに言い過ぎなのだと思った。けど、俺を凄いと思ってくれている気持ちは疑っていない。だから、俺の魔法使いとしての能力は大抵の人間よりはあるのだろう。流石に最精鋭の騎士団と比べたら見劣りするかもしれないので、軍部の訓練を希望したが、これだけ子供扱いされているのならちょっとは驚いてくれるかもしれない。
「うかりける」
まずは、小さな颪を作った。それを背後に置くようにして、対策は完了。
それから丁寧に、魔力を練り上げる。
「由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ ゆくへも知らぬ 恋の道かな」
大きく息を吸い込んで、久しぶりに感じる技名を叫んだ。
「鎌鼬!」
生まれた風の刃は、真っ直ぐ飛んでいく。相変わらず反動の風も吹き荒れるが、対策がしっかりと働いてくれたおかげで少しよろけたくらいで転ぶ事もなかった。真っ直ぐ飛んだ鎌鼬は、的を五枚まとめて両断する。
満足して振り返った先では、さすが歴戦の戦士たちらしく体制を崩すくらいで転んではいない騎士たちが、揃って驚きに目を見開いていた。少し遠くで前線部隊たちまでがこちらに注目している事まで確認して、今日の勝利を確信する。