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興味深いタイトルが多かったせいで読み進めたらエリーズ様が来ても気づかない可能性があったため、まずはざっくり中身をめくってみたモンスターの図鑑。詳しく書いてあるところもスカスカなところもあったが、そのモンスターの好む生息域に関してはしっかりと調べてあるようだった。危険を回避するなら攻撃を受けない距離を保つ必要があると思えば、生息域を調べてあるだけでも十分だろう。そして、それだけ分かれば旅している最中警戒するにしても随分楽になる。流石はリュカの愛読書。

エリーズ様がおすすめだという本を持ってきてくれたのは、待ち切れずにもうじっくりと皇都周辺に生息しているモンスターを見てしまうか、と一度本を閉じてまた目次を開こうとしたところだった。

本を閉じている俺を見てこれも気に入らなかったのかと思ったのか、ほんの少し顔を硬くするエリーズ様。誤解はすぐに訂正するが、まずはその前に持ってきてくれた本を受け取った。


「ありがとうございます。これは、何の本ですか?」

「地学の本です。特殊な地形などもありますので、お役に立つかと」

「なるほど。確かに面白そうです。こちらのモンスターの図鑑も面白いです。ちゃんと見始めたら止まらなさそうだったので軽くしか目を通してませんが、この二冊を読み込むのに数日はかかるかも知れません」


いっそ購入した方がいいだろうかと首を捻って見せると、硬くしていた顔を少しだけ緩めて、エリーズ様は頷く。


「わたくしとしては購入もお勧めします。ですが、旅をするなら雨に濡れる事もあるでしょうから、濡れて困るものを持ち歩く労も考えてお決めください」

「はい、助言に感謝します」


軽く頷いて、エリーズ様は受付に戻っていく。そこにいた受付担当の職員と二、三言やりとりをしてまた館長室に入って行ったので、俺も本に向き直った。




少し考えた末にエリーズ様の持ってきてくれた地学の本を開いて、気づけばその日が終わっていた。空腹に顔を上げたらちょうどエリーズ様が帰るために声をかけに来てくれたところで、気配に聡いのだと誤解されてしまったのは何とか訂正出来ないものか。

世界地図と見比べながら地学の本を読むのは、それくらい面白かった。

それによると、今俺のいるここは左の大陸と呼ばれているらしい。左というからには右もあり、この世界に大陸はその二つだけ。なぜ右と左なのかは、書いていなかった。

左の大陸にはほとんど全てのヒト種族が暮らしており、右の大陸には左の大陸にいない唯一のヒト種族である魔族のみが暮らしている。

右の大陸は、左の大陸よりも多くの邪気が発生しているせいでモンスターも多く、作物も育たないのでまともに生物が生きていける環境ではないが、それに適応したのが魔族だそうだ。古くは左と右の大陸間で戦争があったそうで、今はわずかな貿易関係だけで争いと同時に交流もないので地学としてのこれ以上の情報はないとあった。

そして、肝心の左の大陸だ。

世界地図というのは、この左の大陸とその周辺にある小さな島々を書いたもので、大きな大陸を見た時にまず思ったのは塩の流通がどうなっているのかだった。だが、その答えも地学の本に書かれていた。

ここは大陸ではあるが、その中に幾つかの大きな塩湖があり、また岩塩で出来た山もあるため潤沢とは言えないが全く手に入らないほど塩に困る事もない。同じように淡水の湖と太い川もあちこちにあるので、旱魃にでもならない限りは水の心配もない。

確かに、詳細に書かれているわけでもない地図でも分かるほど湖と川が多く、これが大陸の一部なのだと示されていなければ幾つかの島なのだと思ったかも知れない。

とは言え、数日かかるような旅をするにあたってそう都合よく水を補充できる場所があるとは限らないだろうし、一人旅では持ち歩ける量にも限りがある。リュカたちはそれぞれ分散して食糧や水を運んでいたが、それでもシャルロットもエルヴも飲料水を作り出す魔法を覚えていると言っていた。俺も、図書館が休みの日にでもその研究をしなければいけないだろう。

そうと決まれば早く本を読み切ってしまわねば。

そう気合を入れてまた朝早くから図書館に向かった翌日、早速出鼻を挫かれた。




「口答えをするな、勇者の腰巾着如きが!」


まだ日も登り切っていないし、人も出歩いていない時間だ。静かな石造りの街に、よく響く声がした。

図書館の正面玄関の真前に止まった豪奢な馬車と着飾った人影。そばには見慣れたエリーズ様がうつむき加減に佇んでいる。あまりにも面倒臭そうな光景に漏れそうな舌打ちを何とか抑えて、近くに身を隠した。


「貴様は勇者と血の繋がりのある皇女だという自覚がないのか? 勝手をする兄の尻拭いをするのは当然であろうに、何を世迷いごとを言っている!」


エリーズ様と変わらなさそうな年頃と背格好から見るに、あれも皇子か皇家に近しい立場なのだろう。にしては品のない怒鳴り声だが。

少々距離があるので、エリーズ様が何か話しているのかも分からないが、どこにどう護衛が潜んでいるのか分からないせいで迂闊に動けない。既に声が聞こえる距離というだけで見つかっている可能性もあるが、あの暫定皇子に報告をされるとかその前に引っ立てられるとかされないならまだ大丈夫だと思いたい。

さらに何度かエリーズ様を罵った奴は、最後に鼻を鳴らしながら指を突きつけて命令をした。


「いいな、必ずあの得体の知れん田舎者と婚姻を結べ。勇者のそばに平民がいるだけでも我慢ならないと言うのに、あんな素性も分からん名無しなんぞ置いておけるか!」


ちょっと予想はしていたが、やはり俺に関する話だった。

言いたいことを言い切った暫定皇子は、そのまま馬車に乗って去って行く。その馬車が見えなくなってしばらくしてもエリーズ様はそこに立ったままで、それがいつも俺を出迎えてくれる場所であるだけに面倒ごとに関わりたくないなんて理由で帰ることはできなかった。


「おはようございます、エリーズ様。お待たせしました」

「アスターさん。おはようございます」


早速玄関を開けてくれようとするエリーズ様を引き止めるために、頑張って声を出す必要があった。


「俺は、今すぐにこの街を出た方がいいですか?」


ここに留まっている必要があるかと言えば、決してそんなことはない。旅の道具は揃っているので、あとは食糧を買ってしまえばいつでも出発は出来る。何だったら、昨日少し読んだモンスターの本を信じる限り、ほとんどのモンスターは味と引き換えに寄生虫がつかないため安全に食肉に出来るらしいので、道中で狩ってもいい。

本を読んで知識を得るなんて、何が何でもしなければいけないわけではない。モンスターなんてものがいるせいで、元いた世界の常識があまりにも通じないことが他にもあるでのではと勝手に不安になっているだけで、実際に旅してみれば何とかなる気もする。

あんな下品な皇子もどきのせいで世話してくれているリュカやエリーズ様に迷惑がかかるなら、さっさと旅立つべきなのだろう。


「その必要はありません。……気を使わせてしまい、申し訳ありません。どうぞ、中で説明を致します」


焦っているようにも見えるエリーズ様に促されて、初めて館長室に通された。

手づから淹れてくれたお茶を前に、エリーズ様は暗い顔を隠さない。


「見苦しい様を、お見せしました。あれはわたくしが対処しますので、アスターさんはお気になさらず過ごしてください。非常に情けないことですが、あれは市井のものを嫌悪しておりますので、直接関わることはないでしょう」

「しかし、部下なども多いのでは?」

「自由に使えるものは多くありません。職務上の部下を職務以外の目的で使えば処罰されますから」


そうは言っても、俺のせいであんなことを言われていると思えば、こちらも気分はよくない。であれば、根本的に解決した方がいいだろう。


「あの方も、皇子でいいんですか?」

「……はい、お恥ずかしい限りですが、わたくしにとっては兄、兄様には弟にあたる第五皇子ジョアキムです」

「あまり力ある立場ではなさそうですね。では、もっと力ある人を味方につけましょう」

「それは……出来るでしょうか?」

「うまくいけば。エリーズ様の協力があっても半々でしょうが、成功すれば問題は無くなります」


何を問題と捉えるか、にもよるのだが、これがうまくいけば今後俺にとっても不都合は大きく減るだろうという自信はあった。

エリーズ様は、これに関してちっとも不安そうにしていない俺に少しだけ驚いて、ずっと強張っていた顔を緩める。リュカが目をかけてくれている以外に信用してもらえるようなことはしていないはずだが、あるいは、あの第五皇子とやらにそれほど悩まされていたのかも知れない。


「全て、アスターさんにお任せします」

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