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山の上から見た時も向こう側の城壁が見えなかったほど広い皇都は、その城壁そのものもとても大きい。分厚く高い壁は、あの猛進猪の突進も耐えるらしい。

城壁に設けられた門は三箇所あり、俺たちが辿り着いた山側の門は通行人数が少ないので出入りの二列が並んで一つの門を通っているが、他の二つの場所は出口の門と入口の門が分けられていると教えてもらった。出て行く時は目的地に合わせてどちらかを通るのだろうが、どれほどの規模なのか今から楽しみで仕方ない。

皇都は、中央に今朝までいた始まりの町ウシュカイルが収まりそうな広さの皇城があり、その周りに貴族街、そしてさらにその周りに一般市街地や職人街、農作地があるそうだ。

リュカのおかげで顔パスで門を通った後、大型馬車を借りてこの門から反対側にある職人街に向かった。旅人のための宿が多くあるのもそちらの方だそうで、リュカたちは二泊分ここで宿を取り、明日職人街で装備を整える予定であり、俺も明後日の朝リュカたちが旅立つまでは行動を共にするよう決められた。


「猛進猪の素材が腐ってしまうと悪いし、二手に別れて宿と素材屋に向かおうと思う。アスターはどっちがいいかな?」

「素材屋に興味がある」

「そうだね。君の手柄も大きいし、ついでにそこで分配も済ませようか」

「いや、それは全部あんたたちで受け取ってくれ。もう十分貰いすぎてる」

「でも、これからの旅資金は必要だろう?」

「それはまた別のモンスターを狩りに行くとかしてどうにかする」

「楽観的すぎるよ、アスター。魔法使いの一人旅は危ないっていうのに……」


呆れた顔をするリュカは、どうにかして俺に金を渡せないかと考えていそうだ。どうにか説得出来ないかと他の面子の顔を見ても、リュカと同意見か興味がないかのどちらかで役に立ちそうにない。

結局合意を得られないまま、俺とリュカ、ロイクで素材屋に向かった。




素材屋は、解体用の作業場の手前側、ごく一部分だけを小綺麗にして待合席と受付を用意しているようなところだった。

作業しているところが見られるのは不正防止になるのだろうが、あっちこっちに血の滴る肉や内臓が吊るされていたり、そもそも充満する匂いが血生臭かったり、魔物を倒す事は平気な人間でも別種の覚悟が必要な作りだ。待合席もほんの数席のみで場所も狭く、解体しているところを眺め続けられるかというとそうでもなさそうだし、作業場の中に受付がある必要性が全く理解出来ない。

解体から頼むと作業料が発生し、日数もかかる場合があるそうだが、俺たちは既に解体したものを持ち込んだので受付台のすぐ後ろで素材としての鑑定を済ませて支払いもすぐだった。

素材は、なかなかいい値段になった。猛進猪が珍しい上に、素材として損傷も少ない状態だったからだ。俺の持ち物を揃える上で一番大きな会計になった杖と指輪の数倍の額にもなったので、リュカとロイクも驚き、それから改めて俺の手に金の一部を押し付けようとした。


「いらないと、何度言えば分かるんだ」

「ダメだ。素材の状態が良かったのは、アスターの魔法のおかげだ」


馬車の中では我関せずの顔をしていたロイクが、リュカよりも積極的に俺の手を取って金を握らせようとしてくるので、なんとか拳を作って金をねじ込まれないようにするのに必死になる。

リュカはリュカで、俺の外套についている内ポケットに勝手に金を分けた小袋を入れようとするので、ロイクに取られていない手で外套の前を握り合わせて避けた。幸いなのは、スリ防止のためにこの世界の外套には外側にポケットが付けられていない事と、他の荷物は宿に向かう三人に預けていた事だろう。


「アスター、俺は君を守りきれなかった。結果的に君もリュカも避けたから負傷しなかったが、俺が盾役として全くの役立たずだった事実は変わらない。であれば、俺こそがこの金を受け取るわけにはいかず、それはリュカの旅の共として恩恵に預かる事も同じなのだ」

「いや、その前に散々もぐり鼠を倒してくれていただろ……」

「アスター、どうか、俺からの誠意と思って、この金を受け取ってほしい」


わざわざ名前を呼んで言い聞かせようとするロイクは非常に狡い。それが駆け引きのためではなく、真心からの行動だから余計に。

とはいえ、ついには下げていた鞄から中身を取り出して金だけを入れ、それを俺の首に引っ掛けようとするリュカには及ばない。無言で何してるんだこいつ。

素材屋近くの人が入ってこなさそうな路地の入り口でしていたやりとりだが、さすがに注目を集め始めていた。金だなんだと言っているし、実際ロイクの手には金貨が握られているのだから当然だろう。なんだったら、俺がカツアゲに遭っているようにも見えてしまうかもしれない。

いい加減決着をつけて移動しなければいけないが、この二人は俺が金を受け取るまで諦めないだろう。なんでそこまで頑固になるのか、ロイクは丁寧に説明してくれたから理解出来るが、リュカに関しては今までの事含めて何も分からないのでこちらもこれ以上もらう事に恐ろしさまで覚える。仕方なしに、ロイクに掴まれていた手を開いて金貨を二枚、受け取った。


「そんなに言うなら、こちらも受け取るのが誠意だろう。だが、これで謝意も受け取ったんだから、今後も引きずるような事はするなよ」

「ああ、感謝する」

「アスター、それならこちらも……」

「宿代、装備代、シャルロットとクラリスへの魔法指南代、その他諸々それで返済する」


借りを作りすぎたといくら言っても聞かないので、具体的に金銭が関わる物だけあげて言えば受け取らない道理も思いつかなかったのか、流石にリュカも引き下がった。命を助けられた事含めてそれ以外の借りが大きすぎてちっとも返せた気がしないが、ひとまずはこれでいいだろう。

よくない視線も増えてきたので、決着がついた後はすぐに宿に移動をした。




宿に着く頃にはすっかり日も暮れていて、急いで湯を浴びて食事の用意が整った食堂に集まった。この辺りでは一番いい宿だからか、部屋も綺麗だったが食事も豪華だ。


「素材屋はどうだった? 慣れないと、ちょっとびっくりするでしょう」


言葉を選んで問いかけてきたシャルロットは、素材屋が苦手なのだろう。というか、素材屋は全てあの作りなのだろうか。


「まあ、びっくりはしたな。でも、俺は解体が出来そうにないから、今後も世話になるだろうし見れて良かった」

「ふふ、そうなのね。気分が悪くなったりしなかったみたいで良かったわ」

「心配してくれてありがとう」


今日一日で、散々もぐり鼠が潰されたり切られたり燃やされたりするところを見てしまったから、感覚が麻痺している気もする。だが、少なくともモンスターなら今後も相手に出来そうだ。

場所も面子もお行儀がいいので食事中はそれ以上の会話もなく、食後疲れも相まって眠気が湧き出た頃に狙い澄まして今後の予定を尋ねられた。


「これから?」

「うん。私たちは北の方にあるドードルヴォーク領に向かうつもりなんだ。モンスターの動きが活発になっていると嘆願が届いていてね」

「なら反対に行く」

「またそんな……意地になってないかい?」

「モンスターの動きが活発に、とか言ったの自分だろ。意地とかの前に、自分の実力考えるくらいする」


あからさまに、先に行き先なんて言わなければ良かったなんて顔で肩を落とすリュカを、エルヴが慰めながらその合間に俺を睨む器用な真似をしてみせる。


「そもそも、ここら辺の地理も何も知らないし、数日くらいはこの街で情報収集したい」

「だったらあたしたちと来た方が早くないかい?」

「一緒に行動したら、情報は教えてもらえても自分の行きたいところには行きづらいだろ」


途中まで一緒に行く、なんて中途半端をするくらいなら、初めから自分で選んだ方がいい。こればかりは、俺の性分だろう。だから、ここまで一緒にいるだけでも結構な譲歩をしているつもりなので、これ以上は譲れなかった。


「仕方ない。じゃあ、最後にこれだけ。市民公開図書館の館長を紹介するよ。そうしたら、一般閲覧禁止資料の閲覧許可も取れるから」

「……周辺の地図とか、一般市民だと見れないのか?」

「皇室所領の地図はあるよ。世界地図は細かいところまで書かれてないし、他貴族所領になるとその領の統治者しか詳細な地図は持っていないんじゃないかな。流石に、主要街道と町の位置関係が分かる程度の地図はその領地内なら買えるだろうけど」


確かに、地図なんて最重要機密情報の塊だろう。世界中どこでも事細かに見る事が出来ていた今までがおかしかったのだと、思い直すくらいで丁度いい程度の乖離はありそうだ。

しばらく悩んで、眠気でモヤのかかり始めた頭では何をどう決めても後悔するだろうと思いながら、せめて最後にこれくらいはさせてくれと心配を張り付けた顔で言い募られて、結局その場で頷いてしまったのだった。

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