徒歩旅するなら地理と情勢把握は必須
まさか俺に断られるとは思っていなかったようで、リュカはしばらく言葉を失っていた。俺の言葉を理解するだけで精一杯なのか動く気配もなく、代わりにシャルロットが焦った顔で理由を尋ねてくる。
その理由を説明するには、少しだけ言葉を整理しなければならなかった。
「……俺は、剣士になりたい。どれほど魔法の才能があっても、剣士でいたい。だから、あまり、魔法を使うところを見られたくない」
考えすぎたせいで、逆に端的だったかもしれない。伝えたい事を伝えきれていない気がしたが、これ以上言葉を重ねるのも難しくてリュカの答えを待った。
「傲慢だ」
先に一言で切って捨てたのは、エルヴ。元々俺の事は好いていなかったし、リュカが俺を誘った瞬間も顔を背けて不満を表していた。それも相まって、敬愛しているらしいリュカの誘いを断る俺は、さぞかし不敬な輩に見えている事だろう。
言う事も間違っていない。俺はそれほど剣の才能はないし、まだ扱い始めたばかりの魔法に剣を越える才能があるかも確実ではない。それなのに誘ってもらえる事は、ありがたい事だ。
「アスター、気持ちは分かるわ。でも、やっぱり私たちと一緒に来た方がいいと思うの。そうしたら、魔法の事なんでも教えてあげられるし……」
困った顔で、わざわざ隣に移動して来てまで俺の手をとったシャルロット。しかし、俺は明確に意思を持ってその手を離さなければいけなかった。
「ありがとう、シャルロット。でもそれも、理由の一つで……甘えすぎたくないんだ」
一から十まで教えてもらえるのは魅力的ではあるが、俺にはそうした善意と厚意を無碍にした前科がある。断った事で嫌われたとしても、同じ轍を踏みたくはない。
シャルロットは、頑なな俺の態度に悲しそうにしながら手を下す。
エルヴとシャルロットの態度は、言うなれば北風と太陽だった。それで意思を変えないのだから他に出来る事はないと判断したのか、クラリスとロイクは硬い表情でリュカを見ている。
「どうしても、一緒には来られないかな……」
わざとかどうかは分からないが、リュカは負い目や罪悪感を刺激するような、しょぼくれた顔をして見せた。
「俺は、あんたたちに恩がある。命を助けてもらったし、その後の事も、感謝してもしきれない。だから、本当にどうしてもと言うのなら、俺のこだわりなんてちっぽけなもので、断る理由にはならない」
「アスター、そうじゃない」
「分かってる。だから、断ったんだろう?」
リュカは、無理矢理従わせたければ、そうする事も出来た。そのために恩を売ったのだと言われた方が納得出来るくらい良くしてもらっている。皇太子だなんて肩書きを背負っているならそれくらいの謀は出来るはずなのに俺の意志を訪ねたのなら、正直に答えるべきだと思った。
俺の意志でついて来て欲しいのなら、まずその慈悲を捨てた方がよかっただろう。
「強くなる。必ず魔騎士とやらになって来るから、その時あんたたちの旅が終わってなければ一緒に連れて行ってくれないか」
「……分かったよ、待ってる」
渋々ながら、なんとか笑顔まで作ってリュカは俺の意思を受け入れてくれた。
それで終われば俺も困るなんて事はなかったはずだが、続いたリュカの言葉は、さっき固まってしまった仕返しをされているのかと思うほど俺を混乱させた。
「じゃあ、次の街までは一緒に行こうか」
「……俺の言いたかった事、伝わらなかったか?」
「いいや? 伝わっていたよ」
どうしてそんな事を聞くのか、と不思議な顔をされるが、それは俺がすべき表情ではないのだろうか。
「ここから行ける街は山越えをしたところの皇都のみだよ。街道にもいくらかモンスターは出てくるし、魔術職の初心者が一人で行くには大変だと思うな」
全くモンスターの出ない街道なんてないんだけど。続いた言葉に、思わず頭を抱える。初めからそのつもりだったのか、今度こそ断らせないために問いかけてきてすらいない。
言いたい事は分かる。さっきと同じく、正論はあちらだ。また感情論で断ってしまっても良かったが、リュカはそれを許さないだろう。そこまで考えて、今度渋々頷いたのは俺の方だった。
「売れる恩は出来る限り売っておきたいものだよね」
「いい性格してるよな、案外」
思わず深いため息が出てしまったが、流石に哀れだったのか全員が聞かぬふりをしてくれた。
元々リュカたちは今日この町を出るつもりだったという事で、話が終わってすぐに荷物をまとめて宿を発った。
町の出入りには手形が必要らしく、それのための金まで全てリュカが出してくれた。と言うよりも、俺がこの町に入る時に手形がなかった問題まで全て片付けてくれていたそうで、どれほどの恩を重ねているのか、考えると頭が痛くなってしまう。
「手形って、一種類だけなのか?」
俺の話は役人関係にはみんな伝わっているのか、皇都側の門の通行管理人にも得体の知れない奴として見られていて、それを権力者らしい有無を言わせない笑顔でリュカが相手取っている間が暇だった。それでついうっかり、受付の横に見本として掲示されているカード型の手形を指してシャルロットに尋ねると、シャルロット自身は気にしていないように説明を始めてくれたが、リュカに圧をかけられている役人には恨みも込めて睨みつけられてしまった。
「そうよ、あのカードに名前や出身地といった情報が刻印されるの。友好都市間だと関税が免除されたりするから、そのためにも出身地の登録は大事なんだけれど……リュカはどうするのかしら?」
段々と、俺を睨んでいたはずの役人の視線が助けを求めているように感じてきた。恐らく他のみんなも気づいているはずだが我関せずの態度で、なんだったらシャルロットは無茶を通すだろうリュカの手腕を楽しみに見ている気配まである。
「あ、それからね、例えば商人だったら皇族や高位貴族のお抱えになるとそれも刻印されるの。それが理由で免除される関税もあるからね。モンスター退治を生業にする退治人だったら、倒したモンスターの種類が実績になって対応した刻印をされると、段階的にだけど全ての関税が割り引かれるわ」
「へえ、じゃあ、退治人目指して実績作り頑張らないとか」
「ふふ、そうね。後は、もしもどこかの町に腰を落ち着けるなら、その町や領地の周辺で多くいるモンスターの専門家になると領主お抱えになれたりもするし、他の領地で似たようなモンスターの被害が大きくなった時に特別手当付きで呼ばれる事もあるの」
楽しそうに説明してくれるシャルロットには悪いが、ついには半泣きになっている役人の視線が気になって半分程度にしか話の内容が入ってこなかった。とにかく強くなってモンスター退治を頑張ればいいとは理解出来たから、許してほしい。
ついでに言えば、貴族のお抱えだので免除される関税があるなら、勇者たる皇太子一行はどれほどなのかと気になるところではあったが、それを聞いてやっぱり一緒に行こうだなんて誘われてしまっては困るので必死に口を噤んだ。
結局、一番上の責任者まで巻き込んだ末にリュカの望んだ通りに出来た手続きが終わり、俺の手元にやってきたカードには出身地に皇都アハトナーグとあった。思わず顔を顰めながら裏返すと、「勇者護衛役 諜報員」の文字。一体どんな無茶を通そうとしているのかと思っていたが、これはあの役人の顔にも納得が出来る。
大変にいい笑顔をしているリュカに、また深くため息をついてしまった。