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日が沈みかけるような時間に、やっとリュカたち三人が宿に戻ってきた。俺たちは既に風呂にも入って、散々動いて空いた小腹を満たすための軽食を出してもらっていたところで、何だか草臥れて帰ってきた三人を慌てて風呂に追いやり、宿の厨房に夕食の用意を急いでもらうよう言わなくてはいけなかった。


「旅の安全の祈願のために、聖堂に行ってきたんだよな?」

「その通り。でも、一番権威の集まる大聖堂だからね、お説教も長くなるってものだ」


呆れたように言うクラリス。そして何より、ノーコメントの姿勢を貫くシャルロットの様子で察して余りある。今後、聖堂関係には極力近づかない事を決めた。




湯を浴びて食堂に降りて来たリュカは、少しだけ残っていた俺たちの軽食を摘んで深くため息を吐き出した。ロイクはあの重そうな鎧を脱いでいるし、エルヴも水を飲んだ際にローブのフードが落ちたのを被り直す事もしない。

三人が揃ってすぐに用意された食事を元気に完食したのは、聖堂で出された昼飯の間も入れ替わり立ち替わりありがたいお話をしに来られて食べた気がしなかったからだそうだ。


「君たちは、買い物以外にも何かしてたのかい?」


夕食も食べ終わり、テーブルの上が片付けられても誰も席を立たなかったので、リュカはこれ幸いという顔でこちらに話を振ってきた。きっと、食事中もずっと聞きたかったんだろう。それに対して、シャルロットが少し身を乗り出しながら俺の魔法が凄かったのだと話し出す。


「攻撃魔法も回復魔法も即戦力よ! あれだけ魔法を使い続けても魔力切れにならないし、威力も十分で、もちろん体力もあるの。それに何より、新しい詠唱方法を開発したのよ! これほどの才能があるなら、魔騎士になるというのも決して夢ではないわ」

「あたしの走る速さに合わせて狙いをつけられていた。現在の実力だけでも軍の魔法兵なら佐官以上は確実だろう」


シャルロットに続いてクラリスまでまた口々に褒めるのを聞いていられず、報告に俺自身は必要ないだろうと席を立とうとする。それを見咎めたのは、エルヴだった。


「アスター。昨日の草原に現れたモンスターについて、お前は何か知っているか?」

「いや、気づいたら頭上にいた事しか分からない。門兵の方が詳しいんじゃないか?」

「……あの草原に、モンスターは現れない。門兵は町から草原へ行く人間とそれが戻って来たかの管理のためだけにいる。なぜここに大聖堂があると思う? あの草原があるからだ。あそこは、創世竜様の眠る神聖な場所。そこに突然現れたお前とモンスターに、なんの関係もないとは思えないだろう」


それは、言うなれば核心だ。


「関係は、あるのかもしれない。でも、俺自身に自覚はない」

「そうだろうな。今朝話してみて、俺たちはお前に怪しいところはないと思っている。呪いの事も含めて、何かに巻き込まれてしまっただけなのだろう。しかし、聖堂の関係者はそうとは思わなかったそうだ。今日、これだけ長く拘束されたのも、お前を引き渡せとうるさかったからでな」

「それは……いや、俺はありがたいが、従っておいた方が面倒がなかったんじゃないか?」

「もちろんそうだ。しかし、殿下はお前に何か利用価値があるとお考えだ。俺たちは殿下に従う」


エルヴは、言いたい事は言い切ったらしい。もう何も話す気はないとばかりに俺から視線を外して、杖の手入れを始めた。

その後、誰にも引き止められずに部屋に戻った俺は、気づけばまた震えている左腕を握り締めた。

俺とあのモンスターに関係があるかは分からない。けど、俺が創世竜が眠るというあの草原に落ちたのは偶然ではないだろう。俺は、その理由を知らなければいけない。


「元の世界には、戻りたくないな」


大切な家族がいた。友人もわずかながらいた。他にも未練はいくらでもある。けど、腕を無くして剣を握れなくなった結果、全部大切に出来なくなってしまった。剣も握れないのに、大切なものを大切に出来ない自己嫌悪ばかりが募るあんなところには、戻りたくない。

戻らなくても良い確信が持てなければ、剣を握れるようになったとしても、また不安でおかしくなってしまう気がする。




翌朝、朝食を済ませた後にリュカが俺を呼んだ。


「大切な話をしていなかったと、思い出してね」


リュカは穏やかに微笑んでいたが、この短い付き合いでもそれが完璧に作られた顔だとは分かった。それだけ重要な事なのだと、俺も姿勢を正してリュカに向き合う。


「私たちの旅は、勇者の巡礼と呼ばれている。そしてその最終目的は、世界に生まれた悪の竜を倒す事だ」


勇者という名前と、巡礼の旅に出たのだとは聞いていた。けれど俺はてっきり、皇太子という立場でありながら身軽に動けるだけの能力が備わっているために、皇太子の地位ありきでの社会勉強の一貫としての旅なのだと思っていた。

世界を作った存在が、創世竜だというのなら。ご丁寧に「悪の」と名付けられた竜が、一体この世界にどんな影響を及ぼすのかなんて、考えずとも分かりそうなものだ。

途端に、軽く考えていた巡礼の旅というものの重みが増した。


「勇者と悪の竜は、対になっている。勇者は悪の竜を倒すために生まれてくる。皇太子なんて地位は、勇者のジョブがあったから与えられたようなものさ。ただの数多くいる皇子の一人よりも、次期皇帝が世界を救うのだと喧伝する方が聞こえがいいだろう?」


にこやかなまま、最大限に侮蔑を込めて吐き捨てたリュカは、一呼吸おいて気分を入れ替えてから顔も本心からの真剣さに変えて俺に手を伸ばす。


「だから、君に一緒に来てほしい。私を皇太子として扱わないひとのうちの一人として。そして、悪の竜に選ばれてしまった哀れな一人として」


とても魅力的な申し出だ。

リュカが悪の竜とやらを倒すために選ばれた勇者だというのなら、その旅に出たすぐ後に創世竜の眠る場所に現れた得体の知れない人物も何某かの目的で選ばれた。的を射た表現だ。

俺は強くなりたい。その目的のためにも勇者一行に加われるなんて願ってもない事だろう。昨夜新しく出来た、この世界に俺がいる理由を知る事も、当然悪の竜を追えば自然と分かるはず。

何をどう考えても、俺はその勇者の巡礼に加わる理由しかない。


「……すまない。俺は、一緒にはいけない」


けど、俺はその申し出を断らなければいけなかった。

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